よみもの・連載

永遠の犬

第十回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「南野さん。私の気持は、まだ変わりませんよ」
 南野とパステルの触れ合いに眼を細めて見ていた三村が、不意に言った。
「え?」
「命懸けで、南野さんに会いに行ったんです。それでも、この子の気持ちを受け止める気にはなれませんか?」
 三村の言葉が、傷口に塩を擦り込まれたように心に沁(し)みた。
 南野は眼を閉じた――パステルを抱き締める腕に力が入った。
「今日、このままパステルを……」
「いいえ。パステルのパートナーは三村さんです」
 南野は眼を開け、胸奥で叫ぶ己の声を打ち消すように言った。
 三村の口元が綻んだ。
「僕、なにかおかしなことを言いましたか?」
 南野は、訝(いぶか)しげな顔で訊ねた。
「あ、失礼……笑ってしまい、申し訳ありません。あまりにも、南野さんが一途だから」
「一途?」
「ええ。一途です。最初はパステルを引き取らない理由を、頑固な性格なのか犬がそれほど好きな方ではないのかなと思っていました。でも、一緒にパステルを探してくれる南野さんの姿を見て、そうではないということがわかりました。南野さんはパステルを引き取りたくないのではなく、引き取ることのできない理由があるんだと思います」
 三村が穏やかな口調で語った。
「パステルを引き取れない理由があるのは事実ですが、別に一途なんかではありませんよ」
「いいえ、呆(あき)れるほどに一途です。なにごとにも、思い込んだら打ち込み過ぎてほかのことが眼に入らなくなります。いや、真面目だから眼に入れないようにしている。いま、あなたがどんな道を歩んでいるのか私にはわかりませんが、たまには寄り道もいいものですよ。もしかしたら、息抜きのつもりで寄った道が南野さんの本来進むべき道なのかもしれませんからね」
 三村の目尻が柔和に下がった。 
 三村の言葉を、心から締め出した。
 的を射ているだけに、受け入れるには危険過ぎた。
 そう、自分には寄り道をしている暇はない。
 最短距離で一本道を突き進み、受けた屈辱を晴らすだけ……いまは、近江明人(おうみあきひと)を担ぎ出し「刑事一直線」の続編にキャスティングすることが最優先だ。
「僕はいまから仕事がありますので、これで失礼します」
 南野はパステルを三村の腕に預け、頭を下げると踵(きびす)を返した。
「あ、南野さん、ちょっと……」
 三村の声とパステルの吠(ほ)え声を振り切るように、南野は歩行者用の青信号が明滅する横断歩道を駆け渡った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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