第十一回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
白と青を基調とした内装で地中海的な建物をイメージしたカフェ――一週間前と同じ代官山(だいかんやま)のカフェ、同じ最奥の窓際のテーブルに博美(ひろみ)は座っていた。
ティーカップを口元に運ぶ彼女の表情は暗かった。
夫である近江明人(おうみあきひと)を説得できなければ、南野(みなみの)に借りた百五十万円を数年間返済していなかった事実をマスコミにリークすると脅されているので無理もない。
「お待ちになりましたか?」
南野は声をかけながら、博美の正面に座った。
「いえ、いまきたばかりです」
博美は南野にちらりと視線をやり、硬い声で言った。
「ホットコーヒーをお願いします。早速ですが、ご主人を説得して頂けましたか?」
ウエイトレスに注文を告げた南野は、本題を切り出した。
「ええ」
ふて腐れたように、博美が言った。
「で、ご主人の返事はどうでした?」
南野は、単刀直入に訊(たず)ねた。
「少し考えさせてほしいと言っていました」
「つまり、うやむやにされたというわけですね?」
すかさず、南野は言った。
「そうではありません。ドラマや映画のオファーがいくつかきているから、慎重に考えたいということでした」
眼を合わさずに言う博美に、南野の胸に嫌な予感が広がった。
「それがご主人の方便ではないと、どうして言い切れます? 続編の制作に否定的だったことを考えると、数あるオファーから『刑事一直線』を選ぶとは思えませんが?」
南野は屁理屈(へりくつ)を言って博美を困らせたいわけではなく、本当に危惧していた。
夫を説得するのは難しいと真実を告げて、下手に南野を刺激したくないという気持ちになっても不思議ではない。
いや、むしろその可能性のほうが高かった。