よみもの・連載

永遠の犬

第十一回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「心境の変化があったようです」
 博美は言うと、紅茶を飲んだ。
「心境の変化?」
「ええ。そろそろ、『刑事一直線』のオファーを受けてもいいという気になっていたみたいです」
 南野は、ティーカップを口もとに運ぶ博美の手に視線をやった。
 指先に動揺の震えは見られなかった。
「どうしてです?」
「前作から年月も経(た)っていますし、それとやはり今回を完結編にするという話が魅力的だったようです」
「もし、それが偽りなら……わかっていますよね?」
 南野は、運ばれてきたコーヒーを傾けつつやんわりと博美を恫喝(どうかつ)した。
「信じられないなら、近江に直接訊(き)いても構いません」
 博美が自信満々に即答した。
 どうやら、苦し紛れの嘘(うそ)ではないようだ。
「わかりました。では、ご主人にはいつ連絡が取れますか?」
「マネージャーさんを通して、正式にオファーしてください。さすがに、事務所を飛び超えて話を進めるわけにはいきませんから」
 博美は事務的に言った。
 前回会ったときとは別人のようだった。
 もちろん、彼女を別人にしたのは南野だ。
「ご主人は『アカデミアプロ』でしたよね? 早速ですが、マネージャーさんの連絡先を教えてください」
 南野はスマートフォンを取り出した。
「日東(にっとう)テレビ」の篠宮(しのみや)と約束した期限の九月末まで、二週間を切っていた。
 近江明人本人から返事を聞くまでは、一分、一秒も無駄にはできなかった。
「その前に、南野さんのほうこそ主人公の堂山正義(どうやままさよし)が今シリーズで殉職するというお約束は大丈夫なのでしょうね? 主人が続編の出演に前向きになっているのも、シーズン3、4とだらだらと……」
 南野は、「刑事一直線」の準備稿を無言でテーブルに置いた。
「お約束通り、殉職シーンが入った最終話の準備稿を用意しました。どうぞ、ご確認ください」

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

Back number