よみもの・連載

永遠の犬

第十一回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 博美が準備稿を手に取り、目を通し始めた。
 パステルがいなくなってからの一週間、南野は寂しさを紛らわすように準備稿の執筆に没頭した。
 パステルがいたら振り回され、今日までに準備稿が間に合っていなかったかもしれない。
 やはり、パステルを手放して正解だった。
 一時の感情に流されて、すべてを棒に振りたくはなかった。
「確認しました。これが、マネージャーの連絡先です。では、私はこれで失礼します。南野さんには失望しました。今後、二度と連絡しないでください」
 博美が「アカデミアプロ」の名刺をテーブルに置き、捨て台詞とともに席を立った。
「ご主人の名前が決定稿に載るまでは、それは約束できません」
 言った端から、南野の胸の奥に疼痛(とうつう)が走った。
「港南(こうなん)制作」にいたときよりも、心が弱くなっているように感じた。
 パステルと出会ってから、南野の中でなにかが変わりつつあった。
 その変化は、生き馬の目を抜くテレビ業界で勝ち残るには歓迎すべきものではなかった。
 南野が後ろ髪を引かれる思いでパステルを手放したのは、単に精神的な余裕がないという理由ではなく、非情に徹し切れなくなるのを恐れてのことだった。
「あなたって人は……どこまで卑劣なんですか!」
 立ち去ろうとしていた博美が足を止め、険しい形相で振り返った。
 周囲の客の視線が博美に集まった。
「僕に卑劣なことをさせないように、ご主人のコントロールをお願いします」
 南野は、薄(うっす)らと笑みを浮かべながら言った。
 束(つか)の間、博美は南野を睨(にら)みつけると足を踏み出しドアに向かった。
 客の好奇の視線が、博美から南野に移った。博美の背中が見えなくなると、南野の顔から笑みが消えた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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