よみもの・連載

永遠の犬

第十一回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 情は己を殺し、非情は己を活かす。
 
 昔、「成功者の名言」というビジネス本で呼んだ座右の銘を、南野は心に思い浮かべた。
 南野はスマートフォンを手にし、名刺に印刷された近江明人のマネージャーの携帯番号をタップした。
 三回目の途中で、コール音が途切れた。
『もしもし、島内(しまうち)ですが』
 受話口から、まだ若い男性の声が流れてきた。
 三十代、もしかしたら二十代かもしれなかった。
「はじめまして。私、『港南制作』の南野と申します」
 南野は、話をスムーズにするために「港南制作」の名前を出した。
 新会社設立云々(うんぬん)の話は、近江明人のキャスティングが内定してから説明すればいい。
『あ、お世話になっております! もしかして、「刑事一直線」の続編の件でしょうか?』
「そうです! 近江さんの奥様から聞かれたのですか?」
『はい。こちらから、お電話しようと思っていたところです。あの、早速お伺いしたいことがあるのですが、続編で堂山正義が殉職するというのは本当ですか?』
 島内が真っ先に訊ねてくるということは、やはり近江明人が続編のオファーを受けるか否かのカギとなっているのだろう。
「ええ、堂山正義は最終話で、立て籠もり犯から幼子を救い出すときに凶弾に倒れます。準備稿も用意してありますので、どこかでお目にかかれませんか?」
『突然ですが、今日の夕方とかでも構いませんか? 殉職の件を聞いた近江が続編の出演に乗り気で、心変わりしないうちに話を進めたいと思いまして。いまの近江明人があるのは、「刑事一直線」のおかげですからね』
「ありがとうございます! 願ってもない話です。ただし、先々、『日東テレビ』が新しい主人公を立ててシーズン3を制作する可能性があるということは了承してください」
 南野は島内に釘(くぎ)を差した。
 近江明人をキャスティングするための交換条件に、堂山正義の殉職を「日東テレビ」に納得させる切り札としてこれだけは譲れない。
『その点についてはご心配なく。近江の了解を得ていますから』
「安心しました。私が『アカデミアプロ』さんに伺います。夕方、何時頃がご都合よろしいですか?」
『五時はいかがですか?』
「五時ですね? 了解しました! 本当に、ありがとうございます!」
 南野は、スマートフォンを耳に当てたまま見えない相手に頭を下げた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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