よみもの・連載

永遠の犬

第十一回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 通話が切れてから、南野は拳を握り締めた。
 近江明人のキャスティングは、ほぼ確定だ。
 これで南野は、「日東テレビ」と制作委託契約を結べることになる。
 社会現象となった国民的ドラマを手土産に華々しいデビューを飾る新会社に、各テレビ局は注目することだろう。
 続編の制作不可能と言われた原因の近江和人を担ぎ出したのだから、南野のキャスティング力の凄(すご)さが業界にあっという間に広がり、各局から制作依頼が殺到するのは目に見えている。
 そうなると篠宮は南野を他局に奪われないために、好条件を提示するしかなくなる。
「刑事一直線」の続編を制作することで、すべてが南野に追い風となるのだ。
 南野は伝票を手に席を立ち、会計を済ませると店を出た。
 デニムにポロシャツというラフな格好なので、家に帰りスーツに着替える必要があった。
 南野は代官山の八幡(はちまん)通りを中目黒方面に歩きながら電話をかけた。
 一回目の途中で、コール音が途切れた。
『南野ちゃ〜ん、お疲れ〜』
 受話口から篠宮の調子のよさそうな声が流れてきた。
「いま、お電話大丈夫ですか?」
『南野ちゃんならオールタイムウエルカムだよ〜。近江明人攻略は、うまくいってる感じ?』 
「ちょうど、その件のご報告です。近江明人の担当マネージャーと、今日の夕方会うことになりました。近江明人の『刑事一直線』の続編の出演は、ほぼ確定です」
『それ本当!? マジに、近江明人が出演オファーを受けたの!?』
 受話口から漏れ出す篠宮の素頓狂な声が鼓膜を震わせた。
「前向きに検討したいと本人は乗り気だそうです」
『南野ちゃん、大手柄だね! さすがは、僕が見込んだだけの男だよ! どんなに難しい球でも高打率でヒットにする、君はテレビ制作界のイチローだね!』
 篠宮が興奮した口調で美辞麗句を並べ立てた。
「ありがとうございます。ですが、まだ完全に確定したわけではありません。近江明人は、オファーを受けるに当たってある条件を出しています。逆に言えば、その条件をクリアすれば『刑事一直線』の続編に出演するということです」
 南野は、勝負に出た。
 最後のハードルをクリアできれば……篠宮に堂山正義の殉職を納得させれば一気にゴールが見えてくる。
『条件って、なに?』
「最終回での、堂山正義の殉職です」
『じゅ……殉職!?』
 篠宮が裏返った声で叫んだ。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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