よみもの・連載

永遠の犬

第十一回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「いえ、すぐに引き返したいのでこちらで結構です」 
「そうですか……で、お願い事とはなんでしょう?」
「実は、パステルが入院していまして……」
「え!? どこか具合が悪いんですか!?」
 南野の胸に不安が広がった。
「怪我(けが)や病気ではないのですが、餌を食べないんです」
「どのくらいですか?」
「行方不明になった日……南野さんと別れた直後からなので、もう一週間になります」
 三村が長いため息とともに肩を落とした。
「一週間……そんなに食べなくて大丈夫なんですか!?」
 南野は身を乗り出した。
「動物病院で点滴を打って貰(もら)っているのでいますぐどうこうはないのですが、それでもかなり衰弱しています。体重も一週間で一キロ近く落ちていますし……成人男性で言えば十キロ落ちているのと同じです。このまま拒食状態が続くと命に関わるので、気管支にチューブを挿入して流動食で栄養を摂取するという方法を取らなければなりません」
「気管支にチューブ……それをやると、パステルは元気になるんですか?」
「最低限の栄養は摂取できるのである程度体力は持ち直しますが、いずれにしても一生チューブをつけているわけにはいかないので、自ら食べる気になってくれないと困ります。それに、気管支にチューブを装着する手術は全身麻酔なので、生後三ヵ月の子犬の体力が持つかどうか保証できないと獣医師に言われました」
「つまり……?」
 恐る恐る、南野は三村に話の続きを促した。
「手術が終わっても目覚めない可能性があるということです。しかもパステルは身体(からだ)が衰弱しているので、できるなら手術は避けたいと……」
「手術しないで、パステルが持ち直す方法はあるんですか?」
「獣医師が言うには、パステルの状態は母犬から引き離された子犬がホームシックにかかったときと似ているそうです」
「ホームシック?」
 南野は、三村の言葉を鸚鵡(おうむ)返しにした。
「はい。獣医師の話では、この場合の母犬とは南野さんのことです」

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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