よみもの・連載

永遠の犬

第十一回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「僕が母犬ですか!?」
 南野は言いながら、己の顔を指差した。
 三村が頷(うなず)いた。
「今日伺ったのは、南野さんの匂いのついた物をお借りしたいと思いまして。ハンカチでもタオルでも、なんでも構いません。これも獣医師に言われたのですが、ホームシックにかかり食欲がなくなっていた子犬に母犬の使っていた毛布の匂いを嗅がせたら、元気が出て餌を食べた例もあるそうで。尤(もっと)も、それは一日、二日食べなかった子犬の話で、一週間も食べずに衰弱しているパステルの場合はそう簡単にはいかないだろうとも言っていましたが……」
 三村が悲痛な顔で言った。
「パステルは……そんなにひどい状態なんですか?」
 心臓を鷲掴(わしづか)みにされたような胸苦しさに襲われつつ、南野は掠(かす)れた声で訊ねた。
「一日中寝たままみたいです。私が見舞いに行っても、首を擡(もた)げることさえせずに寝ています。点滴がなければ……」
 三村が言葉を切り、肩を震わせた。
「行きましょう」
 三村が呑み込んだ言葉の続きに、南野は衝き動かされた。
「え? どこにですか?」
「パステルが入院している病院に連れて行ってください。どこの病院ですか?」
「初台(はつだい)ですが……そんなことをお願いして、いいんですか?」
 訊ねる三村に、南野は頷(うなず)いた。
 初台なら十五分もあれば行ける。
 道の混雑状況にもよるが、そこからなら青山の「アカデミアプロ」までは三十分ほどだ。
 一時間は、パステルに付き添える時間が取れる。
「匂いのついた物より、匂いの主が行ったほうが効き目はあるでしょう?」
 少しでも三村を励まそうと、南野は冗談めかして言った。
 それ以上に、パステルに顔を見せて安心させたかった。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
 三村が礼を言いながら、リモコンでエルグランドのドアロックを解いた。
 南野はパッセンジャーシートに乗り込んだ。
 
 いま行くからな。頑張れ……パステル。

 南野は逸る気持ちを抑え、心でパステルにエールを送った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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