よみもの・連載

永遠の犬

第十一回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 パステルが、ゆっくりと巡らせた顔を南野で止めた。
 見つめ合う瞳……パステルの黒真珠のような円(つぶ)らな瞳が揺れたような気がした。
 パステルが四肢を震わせ、立ち上がろうとした。
 三村も獣医師も、固唾(かたず)を呑んで見守っていた。
 後ろ足に力が入らないのか、パステルが腰砕けしたように倒れた。
「パステル、大丈夫か!?」
「手助けしないでください」
 手を伸ばそうとした南野を、獣医師が制した。
「え?」
「いまのパステルちゃんには、自分からなにかをやろうとする気力が必要です。つらいでしょうけれど、ここは見守りましょう」
 パステルが四肢を震わせ身体を起こそうとしたが、また腰砕けになった。
 南野は奥歯を噛(か)み締め、拳を握り締めた。
 転んでも転んでも立ち上がろうとするパステルの姿が涙で滲(にじ)んだ。
「頑張れ! パステル!」
 パステルは五度目のチャレンジで、ようやく立つことに成功した。
 ぶるぶると身体を震わせつつ、懸命に立っていた。
 二歩、三歩……パステルはよろめきながら南野のもとに辿(たど)り着き、倒れるように身体を預けると胸に顔を埋めた。
「そんなに、僕のことを……ごめん……ごめん……ごめんな……」
 南野は痩せ細ったパステルを抱き締め、何度も詫びた。
 パステルの乾いた鼻を、南野の涙が濡らした。
 隣で、三村も泣いていた。
「南野さん、これを手に掬(すく)ってあげてみてください」
 獣医師が、南野にステンレスボウルを差し出した。
 ボウルの中身は、お湯でふやかした少量のドッグフードだった。
 南野は、ふやかしたドライフードを三粒掌(てのひら)に載せてパステルの鼻先に近づけた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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