第十一回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
鼻をヒクヒクさせているパステルを、南野は祈るような瞳でみつめた。
三村も、緊張の面持ちでパステルを凝視していた。
しばらく匂いを嗅いでいたパステルが、ドッグフードを舌先で舐(な)めた。
二度、三度と舐めていたパステルが、ついにドッグフードを口に入れた。
「食べた!」
三村が涙声で叫んだ。
「偉いぞ……パステル……」
南野は嗚咽交じりに言いながら、新たに三粒を掌に載せた。
今度はすぐに、パステルはドッグフードに食いつき咀嚼(そしゃく)した。
「よしよし、その調子だ……早く、コロコロのお前に戻ってくれ」
南野はもう片方の手でパステルの背中を撫(な)でながら、今度は六粒のドッグフードを差し出した。
すかさず、パステルが完食した。
「こういうこと、あるんですね」
獣医師が呟(つぶや)いた。
「ありがとう……ありがとうな……」
南野がパステルの顔を両手で包むと、弱々しく唇を舐めてきた。
「私を無視して、南野さんには一発で反応するなんて……もう、パステルのことを嫌いになりました。だから、パステルはお返しします」
唐突に三村は言うと、腰を上げた。
「三村さん……」
「では、そういうことで私は失礼しますよ」
三村が片目を瞑(つむ)り、踵(きびす)を返すとフロアを出た。
「私も、パステルちゃんのためにはそのほうがいいと思います」
にこやかな顔で、獣医師が言った。
南野はパステルに視線を戻した。
「本当に、強情な奴だ。でも、お前には負けたよ」
すっかり変わり果てたパステルに、南野は泣き笑いの顔で語りかけた。