よみもの・連載

永遠の犬

第十二回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「そもそも私は、輪廻転生(りんねてんしょう)というものを信じていません……いや、信じないようにしています。我々の使命は医学で動物の命を救うことです。なんの根拠もない霊的なことで、飼い主さんの気持ちを一喜一憂させるわけにはいきません。ですが、ペットと人間が触れ合っているときに、お互いの脳から幸福感を与える愛情ホルモン……オキシトシンが分泌されているという研究が発表されました。『動物介在療法』と呼ばれる、鬱病や認知症の改善、社会的機能や身体的機能の向上などの治療効果の検証も行われているので、その意味では人間を幸せにするために犬はこの世に遣わされているという、姉が唱える説も一概に否定はできないと思っています。さあ、獣医師としての体裁を繕う言い訳はこのくらいにして、柴犬の話に戻しましょう」
 山岡が茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「その柴犬は、前世のように飼い主が自責の念に苛まれて不幸な人生を送らないよう、幸せな思い出だけを残して旅立とうと決めていた……あ、姉が言うには、ですよ」
 ふたたび、山岡がおどけた口調で言った。
「あの、正直なところ医学的根拠云々(うんぬん)じゃなくて、お姉さんの話は一ミリも信じていないんですか?」
 南野は訊ねた。
 少し前までの南野なら、そんな質問をするどころかおくびにも出さなかっただろう。
 山岡におかしな男だと思われたくないからだ。
 なにより南野自身、前世、魂、転生といった類の話を一笑に付していた。
 少なくともいまは、鼻で笑うことなどできない。
 だからといって、神や仏を信用したわけではない。
 だが、信じてみてもいいかもしれないという気になっている自分がいた。
 理由は……。
 南野は、腕の中で安心して熟睡するパステルに視線を落とした。
「獣医師としては信じませんね」
 山岡が即答した。
「山岡さん個人としてはどうですか?」
 間髪容れずに南野は訊ねた。
「白衣を脱いだら、信じてみてもいいかなとは思います。今日みたいな光景を見ると、とくにね。でも、結局は信じないようにします。南野さん、私達は月に何頭もの愛犬や愛猫の死と立ち会います。新前医師の頃は、犬や猫の死と向き合うたびに涙が出ました。ですが、獣医師としてのキャリアを重ねるうちに涙を流すことはなくなりました。冷たい心の持ち主だと軽蔑しますか?」
  山岡が、本気とも冗談ともつかない口調で言った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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