よみもの・連載

永遠の犬

第十二回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「なにかあったらって、パステルは予断を許さない状態なんですか?」
「免疫力が落ちているので、万が一容態が急変したら、という意味です」
 山岡が、パステルの口元をウエットティッシュで拭いながら説明した。
「先生、私の仕事の都合は考えずに教えてください。私は、パステルのそばにいたほうがいいですか?」
 南野は、山岡の瞳を直視した。
「正直なことを言うと、そうですね」
 あっさりと、山岡が答えた。
「やっぱり、危ないのですね!?」
「いえいえ、そういう意味ではありません。大好きな飼い主さんがそばにいるだけでパステルちゃんが安心しますし、免疫力が上がります。なので、あくまでもお仕事に差支えがなければという前提での話ですよ」
「そうですか……」
 南野は目まぐるしく思考を巡らせた。
 パステルは重篤な状態ではないが油断はできない。
 山岡も言っていたように、自分がそばにいたほうがパステルの免疫力が上がり回復も早い。
 だが、「アカデミアプロ」には担当マネージャーだけではなく、南野と打ち合わせをするために近江明人(おうみあきひと)も待っているのだ。
 土壇場でキャンセルしてしまえば、針にかかった大魚を逃してしまうかもしれない。
 パステルが重篤でないのなら、約束は守るべきだ。
 三時間もあれば、ここに戻ってこられるのだ。
 しかし、パステルにもしものことがあれば……。
 迷っているうちに、四時半を過ぎていた。
「電話をかけてきます」
 南野は山岡に言い残し、急ぎ足でエレベーターに乗った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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