よみもの・連載

永遠の犬

第十二回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 一階。エレベーターを降りた南野は、島内(しまうち)の携帯番号をタップした。
『もしもし』
 二回目の途中でコールは途切れ、島内の声が受話口から流れてきた。
「南野です」
『ああ、どうも! さきほど近江から電話がありまして、あと十分ほどで到着するそうです。南野社長も、まもなくでしょうか?』
「その件ですが……」
 南野は言い淀(よど)んだ。
 直前に打ち合わせを延期してくれと言えば、近江は間違いなく気分を害する。
 近江の機嫌を損ねるだけなら、平謝りして許しを乞えばいい。
 制作会社の社長として、プライドの捨てかたは知っているつもりだ。
 その程度で終われば、の話だ。
「刑事一直線」の続編の出演に前向きだった近江が、心変わりする可能性は十分に考えられる。
 いまなら、まだ間に合う。
 車が渋滞して十分ほど遅れると伝えればそれでいい。
 近江のキャスティングに成功し、「日東テレビ」と正式に制作委託契約を結ぶ。
「刑事一直線」が高視聴率を叩(たた)き出すことは間違いなく、南野の新会社は一躍脚光を浴びることになるだろう。
 力をつければ、「ゼウスプロ」の別所(べっしょ)も迂闊(うかつ)に手を出せなくなる。
 別所は反目するどころか、南野に利用価値ありと判断し歩み寄ってくるだろう。
 昨日の敵は今日の友……南野の生きてきた業界では珍しくない話だ。
「港南(こうなん)制作」は直接に手を下さずとも、片端から仕事を奪っているうちに自然消滅する。
 藤城(ふじしろ)は立ち回ることはうまいが、トップの器ではない。
 昔の友とその家族を路頭に迷わせるのは忍びないが、容赦するつもりはなかった。
 先に裏切り、仕掛けてきたのは藤城なのだから。
『南野社長? どうかされましたか?』
 怪訝(けげん)そうに、島内が訊ねてきた。
「あ、すみません。あの……大変申し訳ないのですが、日程を変えて頂くことは可能でしょうか?」

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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