よみもの・連載

永遠の犬

第十二回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

     ☆

 南野を認めると、点滴を受けていたパステルが顔を上げた。
「パステルの具合はどうですか?」
 南野は入院ケージに歩み寄りながら、山岡に訊ねた。
「嘔吐はおさまり、いまは落ち着いています。お仕事のほうは、大丈夫でしたか?」
「ええ、なんとか」
 南野は曖昧な笑みを浮かべた。
 大丈夫かどうかは、近江との電話でわかる。
「このまま回復したら、明日には退院できるでしょう。私は一階の外来にいますので、なにかありましたら呼んでください」
 山岡が頭を下げ、フロアから消えた。
「明日には家に帰れるぞ。早く元気にならないとな」
 南野はパステルに語りかけ、入院ケージの扉を開けた。
「寝てなさい」
 立ち上がろうとするパステルの背中を撫(な)でながら、南野は丸椅子に腰を下ろした。
「無茶で強情で……お前は僕にそっくりだな」
 南野が言うと、パステルの尻尾(しっぽ)が微(かす)かに動いた。
 顔はほっそりしてやつれ気味だが、瞳には力が戻ったような気がした。
「元気になってくれないと怒るからな。お前のせいで、大きな仕事を失うかもしれないんだぞ」
 南野は、冗談めかして言った。
 いや、冗談で済まされる状況ではないがパステルに罪はない。
 むしろ、罪深いのはパステルの心身をここまで追い込んだ自分のほうだ。
 パステルが南野の手に顎を乗せ、哀しそうな上目遣いでみつめてきた。
「嘘(うそ)、嘘。そんな眼で見るなよ。お前はなにも悪くないよ」
 南野は微笑み、パステルの頭をそっと撫でた。
「僕はどこにも行かないから、ゆっくり休むんだ。そして、早く帰ろう。お前の家に」
 言葉が通じたのかさっきよりも大きく尻尾を振ったパステルが、南野の手に顎を乗せたまま安心したように眼を閉じた。
 パステルの寝顔を見ていると、島内との電話を切ったあとに南野の心を支配していた懸念と後悔がシャボン玉のように消え去った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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