よみもの・連載

永遠の犬

第十二回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

     ☆
 
 十月になり黄葉への衣替えの準備を始めた代々木のケヤキ並木が、早送りしたDVD映像のように視界の端を流れてゆく。
 朝の五時台ということもあり、周囲にはジョギングやウォーキング、ほかは犬の散歩をする人の姿が目立った。
 首輪とお揃(そろ)いのスカイブルーのリードの先で、耳を後ろに倒したパステルが全力疾走していた。
 パステルが笑顔で、南野を見上げた。
「前を見ないと危ないぞ!」
 そういう南野も、並走しながらスマートフォンでパステルを動画撮影していた。
 パステルはパトロールのときにケヤキ並木に差しかかると、必ずスイッチが入ってダッシュする。
 パトロール初日や二日目は、パステルについて行くこともできなかった。
「港南制作」で昼夜を問わず仕事に明け暮れ不摂生な生活を送っていた南野の体力は、生後四ヵ月になった中型犬よりも遥(はる)かに劣っていた。
 一週間で、なんとか並走できるまでになった。
 疾走するパステルを動画撮影できるようになったのは、二週間が過ぎた頃だ。
 百メートルほど走ったあたりで南野は、動画のスイッチを切った。
 鋭い痛みが脇腹に差し込み、ふくらはぎが張っていた。
 不意に、パステルが立ち止まった。
 南野の身体が悲鳴を上げ始めると、いつもパステルは走るのをやめる。
 最初はパステルが疲れたからか、あるいは偶然なのかと思った。
 一度や二度なら偶然もあり得るが、毎日、しかも何回も繰り返されると南野の身体(からだ)の状態を察しているとしか思えなかった。
「悪いな……つき合わせて……」
 南野はその場に屈(かが)み、切れ切れの言葉でパステルに語りかけた。
「ほら、お前も一休みしな」
 南野は腰に巻いたワーキングホルダーから給水ボトルを引き抜き、パステルの口もとにノズルを近づけた。
 ワーキングホルダーにはほかに、排便袋、ウエットティッシュ、マーキングスプレーが入っていた。
 お座りしたパステルがノズルに口をつけ、勢いよく水を飲み始めた。
「水は逃げないから、ゆっくり飲みなさい」
 南野は、柔和に眼を細めながら言った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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