よみもの・連載

永遠の犬

第十二回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 パステルが退院してから、三週間が過ぎた。
 退院した日、泥のように眠ったパステルは翌朝から少量のドッグフードを食べ始めたが、嘔吐はしなかった。
 三日目には通常の量のドッグフードを完食し、以前に預かっていたとき同様に部屋の中を活発に動き回るようになった。
 退院一週間後に、パステルをパトロールデビューさせた。
 もっと早くに体力は回復していたが、無理をさせてふたたび体調を崩すことを恐れて用心したのだ。
 退院後にインターネットで調べた情報によると、親犬から引き離された子犬や、長年愛情をかけ続けてくれた飼い主と死に別れた犬が、パステルと同じように拒食症になることは珍しくないらしい。
 様々なエピソードが紹介されていたが、南野とパステルのように数日しか暮らしていないケースはなかった。

──シェパードが柴犬に生まれ変わったのは、また、飼い主と一緒にいたいからですか?
──姉が言うには、今度は飼い主が幸福な人生を送ることができるようにするためだそうです。

 不意に、動物病院で交わした山岡との会話が脳裏に蘇(よみがえ)った。
「馬鹿馬鹿しい」
 南野は、自らに言い聞かせるように声に出した。
 パステルがきてからの南野は健康的になり、規則正しい生活を送るようになった。
 朝は五時に起き、洗顔と歯磨きが終わればパステルとパトロールに出る。
 パトロールから戻ってきたらパステルの肉球と被毛を拭いたあとに一度目の食事を出し、南野もトーストや目玉焼きの朝食を一緒に済ませてしまう。
 パステルをケージに入れて寝かせると、昼までの三、四時間は「刑事一直線」の決定稿の執筆にあてる。
 正午あたりにパステルの二度目の食事を出し、南野もサンドイッチやおにぎりの昼食を
摂(と)る。
 昼食後はパステルを一、二時間ケージの外に出して自由に暴れさせ、三時くらいから代官山(だいかんやま)に借りた事務所の整備や関係者への挨拶回りの時間にあてる。
 所用が終わり帰宅したら、パステルと夜のパトロールに出かける。
 戻ってきたらパステルに三度目の食事を出して、南野もコンビニ弁当や宅配の夕食を済ませる。
 しばらくパステルの相手をしてからシャワーを浴びて出てくると十時頃になっており、DVD鑑賞したり音楽を聴きながら眠りに落ちる……パステルと暮らすようになってからの南野の一日は、だいたいこの繰り返しだった。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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