よみもの・連載

永遠の犬

第十二回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

──「アカデミアプロ」で担当マネージャーの島内さんから正式に「刑事一直線」の出演受諾の言葉を貰(もら)い、十月中に近江明人さんを交えて打ち合わせすることになりました。
 
 悩んだ末に、南野は偽りの報告をした。
 逆に言えば、ほかに篠宮を納得させる術(すべ)がなかった。
 それでもまだ救いがあるのは、近江の逆鱗(げきりん)に触れなかったことだ。
 十月にずれ込んだのは南野が生み出した誤算だが、単に出演受諾を取る日が先延ばしになったと思えばいい。
 まさに、不幸中の幸いだった。
 自分には、まだツキがある。
 こんなところで、躓(つまず)くわけにはいかない。
 雪辱の幕は、開いたばかりだ。
「あの、この前のお客さんですよね?」
 女性の声が、南野を現実に引き戻した。
 黒目がちの円(つぶ)らな瞳、抜けるような白肌……グレイの「adidas」のトラックスーツに身を包んだ二十代半ばと思しき女性が南野の顔を覗(のぞ)き込んでいた。
 女性は、黒いリードで繋がれた柴犬の成犬を連れていた。
「……あの、どこかでお会いしましたか?」
 若く美しい女性と出会う機会などなかったが、見覚えのある顔だった。
 南野をお客さんと言っていたが、女性はホステスには見えない。
 なにより、南野はそういった店に出入りしていなかった。
「このコは……パステルちゃん!」
 女性が声を弾ませて屈むと、パステルの頭を撫でた。
「この首輪とリード、ウチの店の商品です」
 女性がパステルから南野に顔を向けた。
「ああ……ごめんなさい。ペットショップでお会いしましたね。印象が違い過ぎて、気づきませんでした」
 南野はしげしげと女性をみつめた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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