第十二回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
夫婦水入らずの旅行をしても、一緒に習い事をしても、花壇のデザインを変えても、会社の業績アップには繋がらない。
南野にとっては、ドラマ作りに無関係な会話はすべて不毛なものでしかなかった。
成果を求めない会話……打算とは無縁の会話の心地よさに、いまさらながら気づいた。
「たしかに、ワンコ達にとって散歩はパトロールみたいなものですよね」
奏が、おかしそうに笑った。
相変わらず、パステルは肛門を嗅ごうとする柴犬の鼻から逃げ回っていた。
「パステルちゃんに触ってもいいですか?」
「もちろんです」
「パステルちゃん、こっちにおいで」
奏の広げた腕の中に、お尻を振りながらパステルが飛び込んだ。
「よしよし、しつこくされて嫌よね〜。でも、いまのうちに覚えておいたほうがいいから、ちょっと我慢してみようか? 茶太郎(ちゃたろう)、ほら」
奏がパステルの頭を抱え込むようにして耳の後ろを揉(も)みながら、柴犬……茶太郎を呼んだ。
茶太郎がガラ空きになったパステルの肛門に鼻づらを近づけた。
「犬は、肛門嚢(こうもんのう)から分泌される匂いで、年齢、性別、体調、発情、気分、相性を読み取ることができるんですよ」
奏が、南野に顔を向けにこやかに言った。
「え!? 年齢や性別はなんとなくわかりますが、気分とか相性までわかるんですか!?」
南野が日常的にやっていたプロデューサーや役者相手に話を盛り上げようとする演技ではなく、素の驚きだった。
「ええ。ワンコの肛門は情報のデパートですから……私、なに言ってるんだろう……ごめんなさいっ」
言った端から耳朶(じだ)まで赤く染めはにかむ奏が初々しく、南野はその仕草に好感を抱いた。
奏の顔立ちが整っているのはたしかだが、南野が好印象を持ったのはそこではない。
ドラマの制作会社という仕事柄、信じられないほどに美しく呆(あき)れるほどにスタイルのいい女性をごまんと見てきた。
その中に入れば奏は決して目立つタイプではなかったが、彼女には素朴な魅力があった。
女優がバラやひまわりなら、彼女は木春菊(もくしゅんぎく)……いわゆるマーガレットのような可憐(かれん)な雰囲気を持つ女性だった。