よみもの・連載

永遠の犬

第十三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 午前六時半――キッチンに立つ南野(みなみの)がステンレスのボウルを手に取ると、リビングでお気に入りのカエルのぬいぐるみを振り回していたパステルが、気配を察し猛然と駆け寄ってきた。
「まだ、遊んでていいのに」
 南野は苦笑しながらシンクに置いたクッキングスケールにボウルを載せ、デジタル目盛の表示が二百五十になるまでドライフードを注いだ。
 因(ちな)みに、ボウルの重さは百五十グラムだ。
 南野が冷蔵庫を開けると、パステルが上半身を突っ込みミネラルウォーターのペットボトルをくわえて走り出した。
「あっ、こら!」
 南野は、弾むようにキッチンを飛び出すパステルを追いかけた。
 廊下に、水滴が轍(わだち)のように続いていた。
 パステルの鋭い乳歯で、ペットボトルに穴が開いたのだろう。
 リビングに飛び込んだパステルがすぐにUターンして、南野の股を潜(くぐ)り抜けキッチンに向かった。
「待てって……」
 不意に、視界が流れた。
 ペットボトルから滴(したた)り落ちた水に足を滑らせた南野は、豪快に尻餅をついた。
「痛っ……」
 尾骶骨(びていこつ)に走る激痛に、南野は顔を顰(しか)めた。
 慌てて駆け戻ってきたパステルが、ペットボトルを口から離して心配そうに南野の顔を舐(な)めた。
「心配するくらいなら、最初から言うことをきいてくれよ……」
 腰を押さえつつ、南野は立ち上がった。
 南野はペットボトルを拾い上げ、キッチンに戻ると冷蔵庫の前で足を止めた。
「もう、だめだぞ」
 南野は振り返り、お座りをして笑いながら見上げているパステルに釘(くぎ)を刺した。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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