第十四回
新堂冬樹Fuyuki Shindou
パステルと柴犬の茶太郎(ちゃたろう)がLサイズのガムボーンの両端を二頭でくわえ、神宮外苑(じんぐうがいえん)の並木道を駆け回っていた。
並木道の広場で遊ばせるときだけ、二頭とも十メートルまで伸びる伸縮式のリードに替えていた。
南野も奏(かなで)も、普段の散歩で伸縮式のリードを使うのは反対派だった。
急に車道に飛び出したり、ほかの犬や人間に飛びかかり怪我(けが)をさせたりさせられたりする危険性があるからだ。
南野と奏はベンチに座り、二頭の戯れを眺めていた。
あれから、毎日のようにパトロールで茶太郎と一緒になっていた。
最初に会ったのは早朝のパトロールだが、あとはすべて夕方だった。
奏はペットショップで、午前九時から午後四時までの早番の勤務だった。
南野とパステルの夕方のパトロールの時間帯を知った彼女が、合わせてくれるようになったのだ。
「本当に、兄弟みたいに仲良くなりましたね」
奏が、笑顔で言った。
奏と茶太郎と出会ってから、半月が過ぎた。
十一月に入り、銀杏(ぎんなん)も五分ほど黄金色に染まっていた。
「そうですね。でも、子犬っていうのは天使と悪魔ですね」
南野は半月前の記憶を手繰り寄せながら言った。
「天使と悪魔ですか?」
奏が、黒目がちな瞳で南野をみつめた。
「ええ。触れ合っていると日々の疲れもストレスも一気に発散できるときもあれば、まったく言うことを聞いてくれずに次々と面倒を起こされてキーッとなることもありますから」
「えー、なんだか意外です! 南野さんって温和で寛容なイメージがあるんですけど、キーッとなることとかあるんですか?」
興味津々の表情で奏が訊(たず)ねてきた。
「全然あります。この前、大事な仕事の電話をしなければならないときに、いつもならケージに入って寝る時間のパステルが近くで吠(ほ)え続けて、挙句の果てには僕の足にマーキングして……もう、散々でした。まるで、電話をさせたくないみたいな感じで……」
南野は苦笑いした。
- プロフィール
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新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。