よみもの・連載

永遠の犬

第十六回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 濃紺のスーツに身を包んだ南野(みなみの)は、化粧台の鏡の前で青と白のストライプのネクタイを締めた。
「港南(こうなん)制作」の会社登記をしたときと同じスーツ、同じネクタイだった。
 今日は、藤城(ふじしろ)に与えた期限……一週間の最終日だった。
 洗面台に載せたスマートフォンに視線を落とした。
 AM 8:10
 早朝のパトロールから戻り、既にパステルは朝食を終えていた。
 いまは、ケージで熟睡しているはずだ。
 一週間、藤城と連絡は取らなかった。
 だが、南野にはわかっていた。
 藤城は涼しい顔で出社してくるだろう。
 南野は、今日ですべてを終わらせるつもりだった。
 リセット――「港南制作」の設立当時と同じ出(い)で立ちで出社するのは、一からやり直す決意の証だ。
 心苦しさがないと言えば嘘(うそ)になる。
 だが、情けをかければ必ず足を掬(すく)われる。
 友達想いの大らかな男……偽りの仮面の下の藤城の素顔は、虎視眈々(こしたんたん)と社長の座を狙う狡猾(こうかつ)な男だ。
 パステルが猛烈に吠(ほ)える声が聞こえてきた。
「朝からうるさいぞ。近所迷惑だろう」
 南野は、リビングに足を向けた。
 ケージの中から、パステルが玄関のほうを見て吠えていた。
「誰かきたのか?」
 南野は、インターホンのモニターに視線を移した。
「誰もきてないじゃないか。静かにしなさい」
 パステルは、さらに大きな声で吠え立てた。
「わかったから、落ち着きなさい」
 とりあえず吠え止(や)ませるために、南野はケージの扉を開けた。
「あっ……」
 ケージから俊敏に飛び出したパステルが、玄関にダッシュした。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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