よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第一回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「もうすぐ本番だけど、緊張しないでいいから。いつものように、自然体でやってくれよ」
 南野(みなみの)は、キャスト達をリラックスさせるために声をかけて回った。
 三軒茶屋(さんげんぢゃや)のハウススタジオの待機スペース――サークルの中には、フレンチブルドッグ、柴犬(しばいぬ)、トイプードル、ミニチュアシュナウザー、シーズーの五頭がスタンバイしていた。
 彼らの視線は一方向――三メートル先にセッティングされたステンレスボウルに釘付(くぎづ)けになっていた。
 彼らは動物プロダクションに所属しているタレント犬だ。
 それぞれ過去には映画、ドラマに出演経験があり、訓練も受けているので普通のペット犬よりは我慢も利く。
 とはいえ、食べ物が絡む撮影になると本能が刺激されるのでNG率も高くなる。
「もうちょっとだからね、リラックス、リラックス」
 一際荒いパンティングをしている食いしん坊のフレンチブルドッグの背後に屈(かが)み、背中を擦(こす)りながら優しく声をかける女性――四つの黒い肉球のロゴが背中に入った白のスタッフジャンパーを着ているのは、奏(かなで)だった。
 南野と棚橋(たなはし)がセッティングしている間に吠(ほ)えたり鳴いたりするタレント犬がいないのは、奏の存在が大きかった。
 四年前までペットショップに勤めていた奏は犬や猫の扱いに長(た)けており、動物専門の制作プロダクション……「アニマルスターダム」には欠かせない人物だ。
「社長、こんなもんでいいですか?」
 ドライフードを盛りつけていたADの棚橋が、南野に確認を取った。
 南野はサークルから離れ、スタジオの中央に置かれた直径三十五センチの超大型犬用のステンレスボウルに歩み寄った。
 ステンレスボウルの背後には、クロマキーと言われる合成映像用のグリーンバックが設置されていた。
 五頭の犬達がガツガツとドッグフードを食べている背景には、浜辺の映像を使用する予定だった。
 本当の浜辺で撮影するよりは楽だが、人間のタレントと違って彼らは動きが予測できないので、通常より広範囲にクロマキーを設置していた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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