よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第二回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 いつもの並木道。
 銀杏(いちょう)の黄色が、物凄(ものすご)いスピードで視界の端を流れてゆく。
 鼓膜でこだまする荒い呼吸、強張(こわば)るふくらはぎ、痛みが差し込む脇腹――息の上がった南野(みなみの)とは対照的に、パステルは耳を後ろに倒して気持ちよさそうに走っていた。
 もう百メートル以上、パステルは走っていた。
 これでもパステルは本気ではなく、軽く流している程度だ。
 パステルが笑いながら振り返り、駆け足を止(や)めた。
「ちょっと、休もう……」
 息も切れ切れに言うと、南野はベンチに腰を下ろした。
 パステルがお座りし、心配そうに南野を見上げた。
「ちょっと休めば大丈夫だから……」
 南野は、ペットボトルのミネラルウォーターで喉を湿らせた。
 本当はガブ飲みしたかったが、脇腹の疼痛(とうつう)に拍車がかかり走れなくなってしまう。
「飲むか?」
 南野が犬用の給水ボトルのノズルをパステルに向けると、口角で器用にくわえて飲み始めた。
「お前がきたばかりのときより四つ年を取っているから、多少の衰えは大目にみてくれ」
 南野は、美味(おい)しそうに水を飲むパステルの首筋を撫(な)でながら冗談めかして言った。
「お前は四歳だから、人間の年齢で言うと……」
 南野はスマートフォンを取り出し、ゴールデンレトリーバーの人間年齢早見表のアプリを開いた。
「三十三歳か。僕は四十だから、まだ先輩だな。五歳で四十歳、六歳で四十七……再来年、僕よりおやじになるのか。敬語使わなきゃな」
 南野は微笑(ほほえ)んだ。
 四年間、朝夕二回のパトロールを欠かしたことはなかった。
 義務というよりも、パステルとともに過ごす時間は南野にとってもかけがえのないものだった。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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