よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 背中に物凄(ものすご)い衝撃──咄嗟(とっさ)に南野(みなみの)は、茶太郎(ちゃたろう)を抱きしめている腕を離した。
 景色が流れ、南野は俯(うつぶ)せに倒れた。
 視界の端で、茶太郎が奏(かなで)のもとへ駆けて行くのが見えた。
 大きな岩に押し潰されたように息が詰まった。
 南野の耳元で獰猛(どうもう)な唸(うな)り声がした。
 このままでは殺される……。
 南野は仰向けになろうとしたが、百キロ近い体重のマスチフに伸(の)しかかられて身体(からだ)が動かなかった。
「社長ーっ!」
 奏の叫喚が、マスチフの唸り声に掻(か)き消された。
 マスチフの唸り声に、別の唸り声が重なった。
 背中が軽くなり、肺に大量の空気が流れ込んだ。
 仰向けになった南野の瞳が凍てついた。
 視線の先──四、五メートル離れたところで、パステルとマスチフが相撲のように揉(も)み合っていた。
 マスチフの飼い主は、傍らで動転しておろおろするばかりだった。
 パステルも中型犬で三十キロほどあるが、相手は超大型犬だ。
 格闘技未経験の一般男性が、ヘビー級ボクサーに向かって行くようなものだ。
「パステル! だめだ! 戻ってこい! パステル! 」
 南野はすっくと起き上がりながら、パステルの名を呼んだ。
 二頭は激しく唸り合いながら、取っ組み合いを続けていた。
 ほかの犬に吠(ほ)えたことのない穏やかなパステルが、南野のために必死に戦っていた。
「あなた、なにをやってるんですか!  飼い犬を止めてください!」
 南野は、蒼白(そうはく)な顔で固まっているマスチフの飼い主に叫んだ。
 マスチフがパステルの首筋に噛(か)みつき、左右に振り回した。
「や……やめろ……パステル!」
 南野は駆け出していた──マスチフに体当たりし、弛(ゆる)んだ口吻(こうふん)を鷲掴(わしづか)みにした。
 南野はマスチフの口の中に両手を突っ込み、こじ開けようとしたがビクともしなかった。
 マスチフは、南野ごとパステルを振り回した。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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