よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「おい、あれを見ろ! ばかでかい犬が人間と犬を襲ってるぞ!」
「止めなきゃ、あの人死んでしまうよ!」
「どうやって止めるんだよ! こっちが殺されちゃうって!」
「こういうときは、警察でいいのか!?」
「保健所でしょう!」

 野次馬達が騒いでいるのはわかっていたが、会話の内容は耳に入らなかった。
 マスチフの長く太い犬歯が、パステルの首筋に食い込んでいた──クリーム色の被毛が赤く染まった。
「誰か……誰か止めてください! 」
 奏の涙声が、耳を素通りした。
 身体が浮いた──景色が流れた。
 南野はパステルとともに、地面に放り出された。
 マスチフが、倒れている南野とパステルに向かって突進してきた。
 すかさず起き上がり、マスチフに立ち向かって行こうとするパステルを南野は抱き止めた。
「だめだ!  お前を死なせるわけにはいかない!」
 南野はパステルを抱いた腕に力を込め、マスチフの盾になった。
 咬(か)まれることを覚悟した。
 パステルがマスチフにたいしてとは一変した甲高い声で吠え、訴えかけるような瞳で南野をみつめた。
「今度は……僕がお前を護(まも)る番だよ……」
 南野はパステルを抱きしめながら言った。
 たとえ致命傷を負ったとしても、この腕を離すつもりはなかった。
 南野は眼を閉じ、歯を食い縛った。 
 だが、いつまで経(た)っても背中に激痛は走らなかった。
 南野は眼を開け、恐る恐る背後を振り返った。
「タイソン! 落ち着け! 頼む……落ち着いてくれ!」
 マスチフの飼い主と二人の男性が、チェーンのリードを綱引きのように三人がかりで引いていた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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