よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「社長っ、大丈夫ですか!?」
 駆け寄ってきた 奏が、半泣きの顔で訊(たず)ねてきた。
「僕は大丈夫だから……それより、パステルを病院に連れて行かなきゃ!」
 パステルの頸部(けいぶ)の皮膚はパックリと傷口が開き、周囲の被毛が鮮血で赤く染まっていた。
 抱き締めている南野の腕も、パステルの血で濡(ぬ)れていた。
 パステルが、心配そうに南野の頬を舐(な)めた。
「僕の心配なんてしなくていいから……お前のほうがこんな大怪我(おおけが)を……」
 南野は言い終わらないうちに、パステルを抱いたまま立ち上がった。
「僕はパステルを病院に連れて行く。君は、マスチフの飼い主さんの連絡先を訊(き)いといてくれ」
 南野は奏に言い残し、パステルを抱いたまま並木道を走った。
「パステル、いま、病院に連れて行ってやるからな! 大丈夫……大丈夫だから」
 南野は自らにも言い聞かせるようにパステルを励まし、大通りに出た。
 すぐに空車のタクシーが現れた。
「ちょっと、我慢してくれよ」
 南野はパステルを地面に横たえ、右手を上げた。
 スローダウンしたタクシーが、パステルの姿を認めると加速して走り去った。
「おい、ちょっと!」
 すぐに、次の空車のタクシーが現れた。
 ふたたび、南野は右手を上げた。
 停車したタクシーの運転手が、ドライバーズシートの窓から顔を出した。
「悪いけど、犬はケースに入ってないと乗せられないんですよ」
「そんなこと言わないでください! パステルは怪我をしているんです! このままだと死んでしまいますっ。お願いですから、乗せてください!」 
 南野は懸命に訴えた。
「無理を言わないでくださいよ。シートが汚れると仕事にならないし……」
 運転手が窓を閉め、タクシーを発進させた。
「おいっ、待ってくれ、おい! パステル、大丈夫か? すぐに、タクシーを拾うから」
 南野は腰を屈(かが)め、パステルに語りかけた。
 パステルは顔を上げ、ゆっくりと尻尾(しっぽ)を振った。
 南野を心配させないようにしているのだろうパステルの健気(けなげ)さに、胸が張り裂けそうだった。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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