よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 傷口からの出血は止まらず、被毛を染める赤い面積が広がっていた。
 三台目、四台目のタクシーも乗車拒否された。
 小型犬ならまだしも、三十キロの血塗(ちまみ)れの犬を乗せたくない気持ちはわかる。
 犬が苦手な運転手ならなおさらだ。
 もう既に十分が過ぎていた。
 二十四時間診療をしている富ヶ谷(とみがや)の動物病院までは、歩けば三十分はかかってしまう。
 それに、抱いたまま歩くと振動や腕の力でパステルに負担がかかる。
 空車の赤いランプが近づいてきた。
 南野は咄嗟に道路に飛び出し、頭上で大きく両手を振った。
 タクシーが急ブレーキで停車した。
「おいっ、なにやってんだ! 危ないだろっ、馬鹿野郎!」
 角刈りの人相の悪い運転手が窓から上半身を乗り出し、物凄い形相で怒鳴りつけてきた。
「すみません! パステル……ウチの犬が大怪我しているんです! 早く病院に連れて行かなければ死んでしまいます! お願いします! 乗車料金とは別にご迷惑料をお支払いしますから、この子を乗せて貰(もら)えませんか!? お願いします!」
 南野はパステルの傍らに跪(ひざまず)き、運転手に懇願した。
「おっ……血塗れじゃねえか! 」
 パステルに視線を移した運転手が叫んだ。
「クリーニング代を一万円お支払いしますから……」
「馬鹿野郎! そんなものいらねえよ! それより、早くワンコを車に乗せろ!」
「え……いいんですか!?」
 てっきり断られると思っていた南野は、拍子抜けした表情で言った。
「あたりめえだろ! こんなに血を流してるんだ。もたもたしてると、死んじまうぞ!  ほら、早く乗せねえか!」
 タクシーの後部座席のドアが開いた。
「ありがとうございます!」
 南野はパステルを抱き上げ、後部座席に乗り込んだ。
「どこの病院だ!?」
 運転手が振り返り訊ねた。
「富ヶ谷の交差点に向かってください! 頑張れ、もう少しの辛抱だからな」
 南野は運転手に告げると、パステルの傷口に汗拭き用のタオルを押し当てた。
 白地のタオルはすぐに鮮血を吸い、赤く染まった。
 パステルが、上目遣いで南野をみつめた。

 僕は大丈夫。あなたが無事でよかった。

 パステルの声が聞こえたような気がした。
 パステルの澄んだ瞳を見ていると、幻聴とは思えなかった。
「その言葉、そっくりお前に返すよ」
 南野は涙声で言うと、無理やり微笑みを作った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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