よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「いま、手術中だよ」
 言いながら、南野は空いている椅子を奏に勧めた。
「無事だといいんですけど……」 
 奏が、硬い表情で南野の正面の椅子に腰を下ろした。
「出血よりも、骨や内臓に損傷がないかが心配だと言っていたよ」
 南野は、獣医師に言われたことを奏に伝えた。
「ごめんなさい……私のせいでこんなことに……」
 奏が、涙声で言った。
「どうして君が謝るんだ?」
「だって、社長が茶太郎を助けようとしてくれたからパステルちゃんが……」
 奏の声が嗚咽(おえつ)に呑(の)み込まれた。
「茶太郎ちゃんも君も悪くないよ。襲ってきたマスチフだって悪くない。悪いのは、リードを離してしまった飼い主さ。犬、特に大型犬は大きな事故を起こす可能性があるから飼い主がコントロールしなければならない。愛犬が猛獣に変貌する可能性があるからね。あの飼い主は、猛獣に変貌した愛犬を見て恐怖に身体が竦(すく)んでいた。かわいそうなのは、咬まれたパステルと咬んだマスチフだよ。だから、君は自分を責めたりしないで」
 南野は涙に潤む奏の瞳をみつめて頷(うなず)き、備え付けのティッシュの箱を差し出した。
「社長が一番つらいときなのに、気を使わせてしまいすみません……」
 奏はティッシュで涙を拭きながら頭を下げた。
「大丈夫だよ。パステルはそんなにやわじゃないから。手術が終わって、元気な姿で戻ってくるさ」
 南野は奏に言うのと同時に、自らにも言い聞かせた。
 脳内に浮かぶネガティヴな可能性を、片端から打ち消した。
「あ、そうだ。いま、マスチフの飼い主さんの連絡先をLINE しますね。中目黒(なかめぐろ)で飲食店を経営している方のようです」
 奏が、思い出したように言うとスマートフォンを取り出した。
 ほどなくして、LINEの着信音が鳴った。
「どうするんですか?」
 奏が、複雑な顔で訊ねてきた。
 南野には、奏の表情の意味がわかった。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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