よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 犬が人間を襲った場合、飼い主、被害者、怪我の治療を行った医師より管轄区域の動物愛護相談センターに連絡しなければならない。
 加えて飼い主には、二十四時間以内に飼い犬の「事故発生届出書」を動物愛護相談センターに提出する義務がある。
 東京都の動物愛護相談センターの場合、飼い主にヒアリングを行う。
 飼い犬が咬みついたのは事実か? 咬傷(こうしょう)事件はどのような状況で発生したか? 飼い犬の飼育方法に問題はなかったか?
 動物愛護相談センターは、飼い主にたいして当日の状況や咬みついたあとの飼い犬の様子など事実の確認を行う。
 ほかには、檻(おり)の設置や犬小屋の移動など、今後、咬傷事件が起こらないための予防策、飼育環境の改善について指導される。
 動物愛護相談センターの目的は、咬みついた犬を殺処分にすることではない。
 しかも、今回の場合は南野ではなくパステルが咬まれたのだ。
 状況から察して、マスチフに殺処分の命令が出ることは考えづらい。
 だが、被害者から飼い主、または動物愛護相談センターに頻繁に殺処分が請求された場合は話が違ってくる。
 南野は、マスチフにたいして殺処分を求めるつもりはない。
 奏にも言った通り、悪いのはマスチフではなく管理を怠った飼い主なのだ。
「正直、迷っている。このままうやむやにすると飼い主も反省しないだろうし、また、今回のような事件が繰り返されるかもしれない。あそこに小さな子供・・・・・がいたらと思うと、ぞっとするよ。だから、パステルの手術が終わったら動物愛護相談センターには報告するよ。人間が咬まれたわけじゃないから、殺処分にはならないだろうし。ただ……」
 南野は言い淀(よど)んだ。
「ただ?」
 奏が泣き腫らした眼で南野をみつめ、言葉の続きを促した。
「以前にも同じような事件を起こしていた場合は、殺処分の命令が出てしまう可能性があると思ってさ」
 南野は、胸奥で燻(くすぶ)っていた思いを口にした。
「あの飼い主さんの感じなら、ないとは言い切れませんね。でも……」
 今度は、奏が言い淀んだ。
 南野には、彼女が口を噤(つぐ)んだ理由がわかっていた。 
「そのときは仕方がない……そう言いたいんだよね?」 
 南野は、奏の心の声を代弁した。
 奏が、悲痛な顔で小さく頷いた。
 待合室に、重苦しい沈黙が広がった。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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