よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 正直、南野にはマスチフを心配している余裕はなかった。
 手術中のパステルが、命を落としてしまう可能性があるのだ。
 だからこそ南野は、愛犬の命を奪われたときの飼い主の心情に共鳴しているのかもしれなかった。
「でも、殺処分になってほしいというわけではありません。私は動物愛護相談センターにたいして、あのマスチフちゃんに一定期間の訓練を受けさせてくれる里親を募ってほしいと、意見を出してみたらどうかと思っています」
 奏が、意を決したように言った。
「里親 を募ってほしい?」
 南野は、奏の言葉を鸚鵡(おうむ)返しにした。
「はい。さっきの対応を見ていると、動物愛護相談センターで指導を受けたとしてもあの飼い主さんでは大型犬を飼うのは無理です。同じような事件を起こしてしまえば、そのときこそ確実にマスチフちゃんは殺処分になってしまいます。お互いのためにも、マスチフちゃんは大型犬を扱い慣れた人に飼われるべきだと思います」
 奏が、強い光を宿す瞳で南野をみつめた。
「たしかに、そうだね」
 南野は、おろおろするばかりで飼い犬を制御することができなかった飼い主の姿を思い出した。
 制御どころか、興奮する飼い犬を恐れリードさえ掴(つか)めずに固まっていた。
「でも、愛犬を里親に出すなんて飼い主が納得しないだろうな」
「被害者の社長が強く訴え出れば、動物愛護相談センターも受け入れるはずです。トイプードルやチワワと違って、百キロ近い超大型犬ですからね。最終的には、飼い主さんも納得してくれると思います。拒否すれば殺処分になるかもしれないという状況を理解すれば、里親に出すことを選択するはずです」
 奏が、きっぱりと言った。
 南野は奏のことを、改めて立派な女性だと思った。
 里親を募るというのは、一見、非情に思える提案だが、飼い主とマスチフにとって最善の選択だ。
 動物愛護相談センターに被害を報告すると、マスチフが殺処分されるのではないかと躊躇(ためら)っていた南野とは大違いだ。
 南野の躊躇いは優しさなんかではなく、無責任な甘さだ。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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