よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「君は僕を買い被り過ぎだよ」
 南野は奏に、自嘲的な笑みを返した。
「そんなことないですよ。私なりに四年間、社長をそばで見てきて人となりはわかっていますから」
 テーブルの上で重ね合わせた南野の手に力が入った──皮膚に爪が食い込んだ。
「僕がマスチフのことを気遣える余裕があるのは、パステルが生きているからだよ。もし、パステルが死んだら……きっと、殺処分を願うに違いない。僕は、そんな男さ」
 南野は吐き捨てるように言った。
 美化されるのが、つらかった。
 奏は、本当の南野を知らない。
 パステルのおかげで、まともな人間に近づけただけ……妻を信じることができずに追い出し、尽くしてくれた社員と救おうとしてくれた親友を地獄に叩(たた)き落とそうとしていたようなひとでなしだ。
 パステルがいなくなれば、元のひとでなしに戻るだけだ。
 奏に幻想を抱かせてはならない──自分は、彼女に好意を寄せられるような男ではない。
「それで、いいじゃないですか」
 奏が、場にそぐわない明るい声で言った。
「え?」
「そう思うのが普通だと思いますよ」
「でも、僕は飼い犬に責任はないと言いながらマスチフの殺処分を望んでいるんだよ。単なる偽善者だ」
 南野は、本音を口にした。
 自分のことが、好きになれなかった。
 病床の母を孤独のうちに死なせた子供時代から……。
「偽善者だって自分を責めるだけ、社長は正直な人ですよ。自分が偽善者かどうか考えもしないで生きている人がほとんどですから。私だって、茶太郎にもしものことがあったら絶対に相手を許せません。いまは、パステルちゃんの無事を祈りましょう」
 奏が、慈愛に満ちた瞳で南野をみつめた。
 たしかに、奏の言う通りだった。
 どんなに加害者を恨んだところで、パステルが死んでしまえば生き返りはしないのだ。
「ありがとう……」
 南野は絞り出すような声で言うと、眼を閉じた。
 瞼(まぶた)の裏に、部屋中を駆け回るパピーの頃の小さな台風・・・・・のやんちゃな姿が浮かんだ。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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