よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「先生っ、手術で癌を切除すれば治りますよね!?」
 現実に引き戻された南野は、身を乗り出し獣医師に訊ねた。
「この影が悪性腫瘍だと仮定した上での見解をお話しします。影の大きさから察して、癌はかなり進行しています。くわえて、こちらを見てください」
 獣医師が、ペンの先端で別のCT画像を指した。
「肝臓の画像ですが、細かな薄い斑点がいくつかあるでしょう?  断定はできませんが、移行上皮癌が肝臓に転移した可能性があります。外科的治療で完治が見込めるのは、小さな腫瘍・・・・・が一ヵ所に留まっている場合です。パステルちゃんのように、ここまで進行した上に転移していたとなると手術ではどうしようもありません」
「肝臓に転移……手術が無理でも、ほかに方法はあるんでしょう!?」
 南野は、縋(すが)るような思いで獣医師に訊ねた。
「ええ、内科的治療……抗癌剤治療があります。詳しく検査をしてみないとなんとも言えませんが、パステルちゃんの場合は悪性リンパ腫の可能性も考えておかなければなりません」
「えっ、移行なんとかっていう癌ではないのですか?」
「もちろん、単独の移行上皮癌の可能性もあります。ですが、移行上皮癌は発生率が二パーセントしかない珍しい癌です。たいていの場合は悪性リンパ腫が原因です。悪性リンパ腫というのは、血液の癌に分類される全身性の癌です。悪性リンパ腫とほかの癌との一番の違いは、リンパ腫は全身を巡る血液の細胞である白血球の一種であるリンパ球が癌化するため、身体のほぼすべての組織に発生する可能性があります。リンパ球は全身を循環するため様々な臓器に浸潤してゆくということです。これは、転移というよりも最初から拡散する性質を持った種類の癌が、物凄いスピードで各臓器に癌細胞を増やすと表現したほうが正しいと思います。なので、一ヵ所に留まるほかの癌みたいに手術で切除すれば完治するというものではないのです」
 獣医師の説明に、南野の鼓動が早鐘を打ち始めた。
 彼は、いったい、なにを言っている?
 これではまるで、パステルが……。
 南野は、脳内に浮かびかけた悍(おぞ)ましい思いを打ち消した。
「手術で完治しないのはわかりました。じゃあ、抗癌剤治療なら完治するんですよね!? パステルは、いままで通り元気でいられるんですよね!?」
 無理やり作った微笑みで、南野は獣医師をみつめた。
 一生分の祈りを込めた瞳──この願いが叶(かな)うなら、生涯、ほかの願いは叶わなくてもいい。
 南野は、心で祈りの言葉を繰り返した。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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