よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第三回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「南野さん。パステルちゃんに血尿、頻尿、出し渋りなどの症状は見られなかったですか?」
 獣医師が、奏から南野に視線を移した。
「いえ、血尿はもちろん、排尿と排便はパピーの頃から異変はありません。ということは、良性の可能性はありますよね?」
 南野は、藁(わら)にも縋る思いで訊ねた。
「悪性でも腫瘍の場所により症状が出ない場合がありますので、そうとは言えません。先ほども申しましたように、悪性リンパ腫は血液の癌なので驚くほど進行が速いのです。くわえてパステルちゃんは四歳と若いので、なおさらです。朝は走り回っていた愛犬が午後に運び込まれて入院というパターンは珍しくありません。犬は我慢強い生き物で飼い主にわからないように振舞うので、人間よりも早期発見が難しいのです。抗癌剤治療は完治のためではなく、延命と生活の質を上げる緩和目的だということをご理解ください」
 獣医師の淡々とした口調から告げられる言葉の一つ一つが、南野の胸に突き刺さった。
「延命って……パステルは、抗癌剤治療して完治……いや、寛解すれば長生きできるんですよね?」
 南野の口内はからからに干上がり、声がうわずっていた。
「悪性リンパ腫は不治の病です。治療を受けなかった場合は一ヵ月から二ヵ月、抗癌剤投与で寛解した場合でも一年から二年の延命が限界だと思ってください」
「一年から二年……」
 南野の視界が色を失った。
「しかし、犬の一年は人間の四年に相当します。二年の延命は、人間だと八年間大切な人達と過ごせたことになります」
 獣医師の声が、南野の鼓膜からフェードアウトした。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

Back number