よみもの・連載

永遠の犬

第二章 第四回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 動物病院へと続く初台(はつだい)の歩道──パステルは、ときおり笑顔で南野(みなみの)を見上げながら歩いていた。
 パステルの力強くしっかりした足取りを確認するたびに、南野は安堵(あんど)していた。
 首に包帯が巻かれていなければ、怪我(けが)をしていることを忘れてしまいそうな元気さだった。
 獣医師から言われていたのは、日に一度は包帯を外して患部の状態をチェックし、処方された消毒液をコットンに浸して拭くことだった。
 一週間前にマスチフに咬(か)まれた後遺症はなく、傷口も化膿(かのう)せずにきれいに塞がっていた。
「今日は、多分、抜糸できるからな。よく頑張ったな」
 南野は、笑顔でパステルに語りかけた。
 尻尾(しっぽ)を振り、ダッシュするパステルのリードを南野は引いた。
「まだ、走るのはだめだ。傷口が開いたら抜糸できなくなるぞ」
 パステルが後ろ足で立ち上がり、南野に飛びついてきた。
 この一週間、ルーティンのパトロールの距離も三分の一に短縮していたのでエネルギーが有り余っているのだ。
「わかった、わかった。予約の時間に遅れるから早く行こう」
 南野はパステルの頭を撫(な)で、前足を支えて地面にゆっくりと戻した。
 首の傷口に与える衝撃を、少しでも吸収したかった。
 傷口も順調に治癒し、パステルも元気を取り戻し……幸せなはずなのに、南野の心は暗鬱な感情に支配されていた。

 ──悪性リンパ腫は不治の病です。治療を受けなかった場合は一ヵ月から二ヵ月、抗癌剤(こうがんざい)投与で寛解した場合でも一年から二年の延命が限界だと思ってください。

 脳内に蘇(よみがえ)る獣医師の言葉に、南野の胸は押し潰されそうになった。
 衝撃の宣告を受けてからの一週間、パステルは首に大怪我を負ったとは思えないほど元気で食欲もあった。
 とても、治療を受けなければ余命が一、二ヵ月の不治の病を患っているとは思えなかった。
 尤(もっと)も、パステルが悪性リンパ腫と確定したわけではない。
 あくまでも、CT画像の影と触診で判断した獣医師の予想だった。
 獣医師も人間だ。
 間違えることもあるはずだ。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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