よみもの・連載

永遠の犬

第三章 第二回

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 見慣れた早朝の並木道を、一歩一歩、肉球で感触をたしかめるようにパステルは歩いていた。
 植え込みに咲く黄色、紫、白のパンジーの花、落ちたパン屑(くず)を啄(ついば)むスズメ、アスファルトの亀裂から逞(たくま)しく芽吹く雑草……いままではパステルと走っているので、気づかないことが多かった。
 パステルが足を止め、ゆっくりと首を巡らせた。
 まるで、南野(みなみの)との思い出が詰まった景色を瞳に焼きつけるとでもいうように。
 南野も同じように街路樹を見渡した。
 四年間、毎日のようにパトロールした風景をあと何回パステルと見ることが……。
 南野はネガティヴな思考を慌てて打ち消した。
 パステルは抗癌(こうがん)剤でボロボロになりながら懸命に頑張っているというのに、健康な自分が弱気になっている場合ではなかった。
「できるなら、お前と代わってあげたいよ」
 南野は屈(かが)み、パステルに言った。
 朝陽を浴びると、パステルの被毛が抜け落ちまばらになっていることと浮き出した肋骨(ろっこつ)がよりいっそう目立った。
 通り過ぎる人々が、パステルを振り返った。
 初めて見る人はやつれ果てガリガリに痩せた犬に、顔見知りの人はパステルの変わり果てた姿に驚きを隠せないようだった。
 人々の瞳に同情の色が浮かんでいるのが、南野には腹立たしかった。
 彼らに悪意がないことはわかっている。
 もし、南野が逆の立場なら同じような反応をしたかもしれない。
 それでも、憐(あわれ)みの眼でパステルを見てほしくなかった。
「気にするな。病気が治れば抗癌剤投与もやめられるから食欲も出るさ。そしたら体重も増えて毛も生えてくる。すぐに昔みたいにムチムチのお前に戻れるから」
 南野は明るい声で言いながら、パステルの首筋にそっと手を置いた。
 置いただけ……強く撫(な)でると被毛が抜けてしまうからだ。
 パステルがお座りをして眼を細めた。
 心地よい風に少なくなった被毛を靡(なび)かせ、パステルは思い出に浸っているようだった。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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