連載
金四郎と九十郎
第一編 養子と実子 多田容子 Yoko Tada
「駄目だな」
 お珠は細い肩を上げ、小さく言った。
「どうするの?」
「町方の役所へ届けよう。身形(みなり)からして、町人のようでもあるから」
 九十郎は、少し離れたところに立ち尽くすお珠のほうへ戻った。
「お珠は、もう帰ったほうがいい。独りで大丈夫だな」
「ええ……私は大丈夫よ」
 お珠は、息を落ち着かせて応えた。



 町奉行所の同心、幾田半左衛門(いくたはんざえもん)とともに河原へ戻った時には、かなりの人集(ひとだか)りができていた。九十郎は、軽く広げた扇で自らの顔を覆いつつ、野次馬達の様子を垣間見た。豆腐屋や煙草屋などの棒手振(ぼてふ)りの他、大店(おおだな)の使いと見られる風呂敷包みを持った商人、町娘と供の女中、近所の子ども、それに無頼の浪人や博徒のような者もいる。茶売りの男は、見物の衆を相手に商売を始めていた。
 町方らしく黒羽織りで粋に決めた半左衛門は、歳の頃は四十前で、風貌には落ち着きがあり、慣れた仕草で野次馬を追い払った。半左衛門の手先の目明し、留蔵(とめぞう)も、十手を振って騒ぎを収める。
「どいた、どいたっ。静かにしろい」
 小太りだが、目がくるくると動いてすばしっこそうである。半左衛門は、案内してきた九十郎に、丁重に頭を下げた。
「すみませんねぇ、若様、ご直参にこんなことをおさせ申して」
「いえ。私はただ町をうろついていたので」
 九十郎は苦笑した。
「若様が見つけなすった時には、この形でございましたか」
「はい」
「そりゃ幸いだ。いえね、野次馬が来ると、勝手にいじくり回すやつなんかがいるもんで」
 半左衛門は早口に話しながら、土左衛門の衣服や懐を探り、体つきなども見る。
「これは随分、若いですね。商人だなあ」
 その時、野次馬をかき分けるようにして現れた一人の男がいた。目明しの留蔵はそれを見て、ちぇっと舌打ちをする。
「またお前か」
「へい、事件と聞きやすと、どうもね」
 齢不詳(よわいふしょう)の体格のよい男で、長脇差(ながどす)を落とし差しにし、髷(まげ)を折った博徒風の身形だ。
「旦那ぁ、いいんですかい?」
 留蔵は、口を尖らせて半左衛門に言う。その男は構わず、土左衛門の前までやって来た。


  3       10 11 12 13 14 15 次へ
 
〈プロフィール〉
多田容子(ただ・ようこ)
1971年生まれ。京都大学経済学部卒業。99年、剣豪小説『双眼』でデビュー。柳生新陰流、小転中伝。2004年、兵庫県芸術奨励賞受賞。著書に『柳影』『月下妙剣』『柳生平定記』『諸刃の燕』『おばちゃんくノ一小笑組』シリーズ、『自分を生かす古武術の心得』『新陰流 サムライ 仕事術』などがある。
Back number
第三編 町の恋 後2
第三編 町の恋 後
第三編 町の恋 前2
第三編 町の恋 前
第二編 掏摸(すり)と黒津屋2
第二編 掏摸(すり)と黒津屋
第一編 養子と実子2
第一編 養子と実子