連載
金四郎と九十郎
第一編 養子と実子 多田容子 Yoko Tada
「放っておけ。こいつは物見高いが、別に悪さはせん」
 男は半左衛門の隣にしゃがみ、様子をうかがった。
「どうなんです、旦那」
「これは、覚悟の身投げだろうな」
「こんないい着物を着た若旦那がねぇ……」
「傷もなく、水を飲んで溺れてる」
 考え込む男から離れ、半左衛門は九十郎に言った。
「若様、とんだご無礼をいたしております。こいつは金助(きんすけ)と申しまして、ちょっと変わり者ですが、時々、なるほどというようなことを申しますので、遊ばせておるのでございます」
「そうですか」
 九十郎は、扇越しに男の顔をよく見て、ぴくりと眉を動かした。
「何か?」
「いえ……」
 九十郎の目線を感じたのか、金助も面をあげる。その途端、すぐに顔を逸(そ)らした。
「で、幾田の旦那、懐のものは?」
 金助は、事件の話に戻った。
「何もねぇ、川へぶちまけたのか、もともと空か」
「土左衛門ってのは、全く厄介ですね」
 金助は己の髷をなでた。
「そういえば先月も、大店の若旦那が身投げしやしたね」
「うむ。冬場にも一件あったな」
「遊女と心中、なんて言うなら分かりやすが、たった一人で、何を考えてたんでしょうね」
 しばらく言い合ってから、金助はその場を立ち、野次馬からも離れて、河原の外の通りへ出た。
「全く、言いてぇことだけ言って行きやがって、呑気なもんだぜ」
 留蔵は、十手で首を叩くような仕草で、小さく口を歪めた。
「では、私はもうこれでよろしいか」
 九十郎は半左衛門にきいた。
「はい、もちろんですよ、若様。わざわざ、ありがとうございました」
 半左衛門は頭を下げ、留蔵は近づくことすらなく、畏(おそ)れ多い表情で遠巻きに会釈する。徳川の直参旗本といえば、江戸はもちろん、諸州においても、大抵は勝手が通る身分だった。町方の与力、同心は、幕府の役人ではあるが、旗本の下の御家人であり、更にその最下層の身分だ。目明しに至っては、同心に雇われている手伝いに過ぎない。町奉行所から出される手札と十手だけが、御用を勤める証(あかし)だった。
 九十郎は騒ぎから逃れると、通り端の松の木陰に佇(たたず)む金助に近づいた。目も合わせず、小さく声をかける。
「兄上、またそのような格好で町に出ておられるのですか」
「お前こそ、こんなところで何をしてる」
「歩いておったら、屍を見つけたのです」


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〈プロフィール〉
多田容子(ただ・ようこ)
1971年生まれ。京都大学経済学部卒業。99年、剣豪小説『双眼』でデビュー。柳生新陰流、小転中伝。2004年、兵庫県芸術奨励賞受賞。著書に『柳影』『月下妙剣』『柳生平定記』『諸刃の燕』『おばちゃんくノ一小笑組』シリーズ、『自分を生かす古武術の心得』『新陰流 サムライ 仕事術』などがある。
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第一編 養子と実子2
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