連載
金四郎と九十郎
第一編 養子と実子 多田容子 Yoko Tada
「ははっ」
 金助は、無造作に松にもたれて笑った。
「何て不運な野郎なんでぇ。さては昨日で運を使い果たしたな」
「やめてくださいよ」
「嘘だよっ。お前は何でも真に受けるのが悪い癖だ」
 金助はまた笑った。この男は、実の名を遠山金四郎景元(とおやまきんしろうかげもと)と言い、北町奉行を勤める旗本だ。若い頃は、家に逆らって放蕩三昧(ほうとうざんまい)をし、ために、町の事情によく通じるといわれている。今も博徒などに扮(ふん)し、町に出没しては、自ら実地に事件を探っている。九十郎は、遠山家に生まれたが、堀田家へ養子に出たのだった。



 翌日、町奉行所では、絹の羽織りを着た遠山金四郎が、町方の長(おさ)らしい風情で、半左衛門の報じる話を聴いていた。
「身投げの男は近江屋の倅、徳之助(とくのすけ)と分かりました」
「あの……仏の近江屋か」
「はい。昨今、己の利ばかりに走る大店が多い中、『三方(さんぽう)よし』と称して、客や世間にもよく尽くす商人でございます。それが何ゆえ、こんな目に遭うのかと、町内の者どもも皆、涙しております」
「うむ」
 侍様(さむらいよう)に締まった鬢(びん)と、真っ直ぐに整った髷で、金四郎は低くうなった。
「倅に死なれては台無しじゃな。して、近頃、徳之助に何ぞ変わった様子はなかったのか」
「はい。夜しばしば出歩いておったという話がありますが、何分、商家の若旦那のこと、つき合いや芸事、遊びなども仕事のうちですから、何ともよく分かりません」
「詳しく探ってみよ」
「しかし……」
「当人覚悟の身投げとばかり放置して参ったが、他にも商家の若者が続けて落命しておるのは異なこと。何かある気がいたすのじゃ」
 金四郎は腕を組んだ。
「半左、お主はどう思う」
「はい、私めも少々臭うとは存じます」
「では、頼む」
「心得ました」
 半左衛門は生真面目に手を突いた。
「して、お奉行は?」
「わしはこれから登城じゃ。早う裃(かみしも)を脱いで、町へ出かけたいものだ」
「いや──」


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〈プロフィール〉
多田容子(ただ・ようこ)
1971年生まれ。京都大学経済学部卒業。99年、剣豪小説『双眼』でデビュー。柳生新陰流、小転中伝。2004年、兵庫県芸術奨励賞受賞。著書に『柳影』『月下妙剣』『柳生平定記』『諸刃の燕』『おばちゃんくノ一小笑組』シリーズ、『自分を生かす古武術の心得』『新陰流 サムライ 仕事術』などがある。
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