連載
金四郎と九十郎
第一編 養子と実子 多田容子 Yoko Tada
 その日、銀春の家では、稽古の様子を観ることができた。それは、大名や旗本にも、まるで容赦のない厳しいものだった。三名ほど弟子が来て、帰ったが、禅風が九十郎達に目をくれることはなかった。五人が、ひたすら固くなって居並んでいると、裏手の庭から、この頃十六歳だったお珠が現れた。
「父上、人を待たせ過ぎちゃ駄目よ」
 お珠は、いきなり禅風にぽんと言った。その勢いと屈託のなさに、九十郎は度肝を抜かれた。
「うるさい。稽古場には参るなと申しておろうが」
 禅風も応戦したが、お珠はまるで気にかけるそぶりもない。そして、九十郎らに小声で言った。
「ごめんなさいね。頑固者で」
 青侍達は、しばらくぼんやりとして、去っていくお珠の姿を見送った。
 後で知ったことだが、お珠は三年ほど前に母と死に別れており、当時、すでに家のことはたいてい仕切っていたらしい。そんなお珠が、間もなく家を出ることになろうとは、思いもよらなかった。
 お珠が声をかけに来てから、しばらくの後、禅風は稽古の区切りがつくと、九十郎達の前へやってきた。朋輩達が、緊張しながら丁重に挨拶を述べていく。
「そなたは?」
 と、禅風の鋭い眼光が九十郎へ向けられた。
「旗本寄合席、堀田彦三郎が一子、九十郎と申します。私は、朋輩について参ったのみです。お邪魔をいたしております」
 我ながら流暢(りゅうちょう)に、己の立場を述べ終わり、ほっとした瞬間、禅風は言った。
「そなた、来月からここへ参れ」
「…………」
 雷(いかずち)を食らったような心地で、九十郎はもちろん、断ることしか頭になかった。しかし、周囲からは散々もったいないと言われた。決め手になったのは、剣術の師匠から行ってみろと言われたことだった。
「三年やって、何もなければ、わしが口を利いて弟子から引かせてやる」
 養父の彦三郎もこれで納得した。



 稽古の帰り路、九十郎は大きな寺の裏に通りかかった。その時、人相の悪い博徒らしき男を二人、見かけた。一人はきりりとした二枚目で、歳は三十前、もう一人は若く、袖を肩近くまでまくり上げ、太い腕を顕(あら)わにした、いかにも喧嘩っ早そうな三下(さんした)だ。
「やっぱり、尽八(じんぱち)兄貴の腕は一流だって、みんな言ってるぜ」
 腕を出した若いほうが言った。
「あたぼうよ。こちとら、これで飯食ってるんだ」


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〈プロフィール〉
多田容子(ただ・ようこ)
1971年生まれ。京都大学経済学部卒業。99年、剣豪小説『双眼』でデビュー。柳生新陰流、小転中伝。2004年、兵庫県芸術奨励賞受賞。著書に『柳影』『月下妙剣』『柳生平定記』『諸刃の燕』『おばちゃんくノ一小笑組』シリーズ、『自分を生かす古武術の心得』『新陰流 サムライ 仕事術』などがある。
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