連載
金四郎と九十郎
第一編 養子と実子 多田容子 Yoko Tada
 金助は、すっかり町の者らしい態(てい)で、うずうずするように語気を強める。
「しかし、場馴れしない私などが参れば、かえって足手まといでしょう」
「それがよいのだ。お前、商家の若旦那になれ」
 金助は、ぽんと命じた。

 九十郎は、派手な市松模様の羽織りを着せられ、髷を変えられ、小洒落た煙草入れなどを腰に差されて、流啓寺へ出かけた。金助は遊び相手と金づるを兼ねて、若旦那を悪の道へ誘う博徒という筋書きだ。
「似合うじゃねぇか、若旦那」
 金助は上機嫌だ。
「俺のにらんだ通りだ」
「そうですか?」
 九十郎は羽織りの紐(ひも)を不安げにいじる。
「言葉遣いには気をつけろよ」
「はい」
「はい、じゃねぇ、ああ、でいい」
「ああ」
「ああ、そうだなぁ、金助。こう言ってみな」
「ああ、そうだなあ、金助」
「何か違うぞ。そんなに腹から声を出すな。能の謡(うたい)じゃねぇんだから。もうちっと、よれっとしろよ」
 金助は眉を寄せて熱心に説く。九十郎は、ひとつ咳払いをしてから、改めて言った。
「ああ、そうだなぁ、金助」
 少し身を崩し、それでいて軽く声を弾ませる。
「おうっ、それそれ」
 金助は、手を打って破顔した。
「ものまね芸は、能の本流ですからね」
 九十郎は得意げに微笑んだ。
 やがて、流啓寺の門が近づいてきた。九十郎は薄く目を閉じ、商家の者になり切った気持ちで中へ入った。金助は博徒そのものの口調で挨拶し、金子(きんす)を駒という賭け札に替えると、盆茣蓙(ぼんござ)の前にあぐらをかいた。九十郎も真似をする。
「賽(さい)の目の丁半は分かるな」
「ああ、それくらいは分かる」
 九十郎は、よれっと応えつつも、あえて緊張を隠さなかった。ツボ振りが賽を振るって壺を伏せる。
「さあ、張った張った」
 進行役の出方(でかた)が声をかける。
「半」
 小さく言って、九十郎は賭けた。
「じゃ、俺は丁、と」


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〈プロフィール〉
多田容子(ただ・ようこ)
1971年生まれ。京都大学経済学部卒業。99年、剣豪小説『双眼』でデビュー。柳生新陰流、小転中伝。2004年、兵庫県芸術奨励賞受賞。著書に『柳影』『月下妙剣』『柳生平定記』『諸刃の燕』『おばちゃんくノ一小笑組』シリーズ、『自分を生かす古武術の心得』『新陰流 サムライ 仕事術』などがある。
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