連載
金四郎と九十郎
第一編 養子と実子 多田容子 Yoko Tada
「名は尽八というそうです。連れが呼びかけておりました」
「あれは腕利きだ。悔しいが、今宵は何も見えなんだ」
「ツボ振りの腕というのは、それほど差があるのですか」
「うむ。だから、腕利きはいろんな賭場へ呼ばれる。江戸に限らず街道筋でも引っ張りだこだ」
 金助は、夜空の星を仰ぎ見た。
「イカサマの手口と、どうやって若旦那連中を追い詰めたのか。若旦那が死んで、やつらに何の得があるのか。そのあたりを探らずばなるまい」
 そう言ってから、金助は九十郎の肩をとんと叩いた。
「しばらく通うぞ」
 黙って眉を下げる九十郎に、重ねて言った。
「徳之助の供養をしてぇだろう」
「それは、もちろんです」
 九十郎も腹をくくった。

 明くる朝、堀田家では常のごとく、養父の彦三郎と養母の里乃(さとの)、それと九十郎の三人で、朝餉(あさげ)の膳を囲んでいた。養父母と血のつながった姉が一人いたが、すでに他家へ嫁している。彦三郎は、若くして秀才と呼ばれ、小納戸役から目付へ昇って勘定奉行まで勤めた。ところが、二年前、些細な落ち度から役を解かれ、今は無役の寄合席となっている。
 今朝は彦三郎の雰囲気が重く、何となくそれを察してか、里乃が、かえって明るい声で話を切り出した。
「九十郎、そなたの御前舞いは大層評判になっておりますよ。よいご子息をお持ちじゃと、方々から羨ましがられています」
「それはようございました。何とか大過なく務められ、ほっとしています」
「舞台の前は大変でしたからね」
「母上にも、何かとお気遣いを賜(たまわ)り、おかげさまで乗り切れました」
「いえ、私などはいつも通りにしていただけですよ」
「それがなかなかに、難しいものと存じます。師匠からも、平常心で舞えと言われましたが、そう容易では……」
「何が平常心じゃ」
 突然、彦三郎が割って入った。
「御前舞いが終わらば、しばらく能の行事はないゆえ、家で学問に励むと申したな。それが、いまだに浮ついたまま、あちこち出歩きおって──」
 彦三郎は飯椀を、がつりと膳に置いた。
「昨夜は夜更けまで、何をしておった」
「旦那さま……」
 里乃がとりなそうとする。
「そなたは黙っておれ。皆が、こやつを褒めそやすような軽口をきく。左様なことじゃから、いつになっても芸事へ逃げるのじゃ」


         10 11 12 13 14 15 次へ
 
〈プロフィール〉
多田容子(ただ・ようこ)
1971年生まれ。京都大学経済学部卒業。99年、剣豪小説『双眼』でデビュー。柳生新陰流、小転中伝。2004年、兵庫県芸術奨励賞受賞。著書に『柳影』『月下妙剣』『柳生平定記』『諸刃の燕』『おばちゃんくノ一小笑組』シリーズ、『自分を生かす古武術の心得』『新陰流 サムライ 仕事術』などがある。
Back number
第三編 町の恋 後2
第三編 町の恋 後
第三編 町の恋 前2
第三編 町の恋 前
第二編 掏摸(すり)と黒津屋2
第二編 掏摸(すり)と黒津屋
第一編 養子と実子2
第一編 養子と実子