連載
金四郎と九十郎
第一編 養子と実子2 多田容子 Yoko Tada


 流啓寺の賭場に通って、五夜目となった。博徒らは、客の若旦那に借金のような証文を入れさせるが、ただ金を持ってきて返そうとしても、受け取らない仕組みをとっていた。「賭場の借りは、丁半博打で取り返すもの」などと、都合のよい理屈を述べ立てる。勝てないと、また新しい駒を与えては、借りた金の額を取り返すまで、続けろと言うのだ。結局、負け倒した九十郎の借財は、三百両余りにまで膨らんだ。
「こんな額、返せないよ」
 九十郎が泣きつくと、三下は言った。
「勝てばいいんでござんすよ。よっく勘を働かせなすって」
「もう辞める。無理だ」
「じゃあ──」
 三下はにやりとして、にわかに声音を変えた。
「今すぐ、百両用意しなっ」
「百両……で、いいのか」
「知らねぇのか? これは借金とは別の、盆の降(お)り代(だい)だ。駒を借りたまま勝負から降りるやつには、これがかかるしきたりなんだ」
 驚く九十郎に、三下はまた言った。
「ただし、百両で降りられるのは、今夜の勝負だけ。また、きっと来て、盆の前へ座ってもらう」
「そんな馬鹿な……」
「無法だと言うのか? 元々、博打はご法度なんだぜ? あんたはそれに手ぇ出しちまった。続けねぇって言うなら、店の前でわめいたっていいんだ。お宅の若旦那は、博打で三百両もすったってな」
「…………」
「どうする? 店の信用はがた落ちだ」
「頼む、それは勘弁してくれ」
「なら、親父にでも泣きついて何とかしてもらうんだな」
 三下は冷たい。
「勝ちゃあいいんだ。それだけなんだからな」
 言い置くと、下を向く九十郎を放置して、その場から立った。九十郎は、まだ盆茣蓙へ向かっている金助の背を、とんとんと叩く。
「ひどいことになったよ」
「聞こえてる」
 応えつつ、金助は尽八の手元へじっと目を付ける。
 次の瞬間──。
「おい!」
 声を発した金助は、盆茣蓙の上へ飛び出し、尽八の手をつかんだ。手首を締め上げると、壺にかけていた尽八の、小さく曲がった小指が開く。その節から、ぽろりと賽がこぼれ落ちた。


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〈プロフィール〉
多田容子(ただ・ようこ)
1971年生まれ。京都大学経済学部卒業。99年、剣豪小説『双眼』でデビュー。柳生新陰流、小転中伝。2004年、兵庫県芸術奨励賞受賞。著書に『柳影』『月下妙剣』『柳生平定記』『諸刃の燕』『おばちゃんくノ一小笑組』シリーズ、『自分を生かす古武術の心得』『新陰流 サムライ 仕事術』などがある。
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