連載
金四郎と九十郎
第三編 町の恋 前2 多田容子 Yoko Tada
  七

 半左衛門らが目を付けたあばら家は、やはり盗っ人一味の隠れ家らしかった。応援が間に合わなかったため、謎の侍の正体は分からないままだったが、半左衛門は集まった者達の中に、見覚えのある男がいることに気づき、跡を追った。それは金助がかねてから怪しみ、近づいていた男だ。飾り職の分次(ぶんじ)といい、最近、小さいが自分の店を持つようになった。
「お奉行、分次はやはり権六の手先でございました」
 半左衛門は、下城してきた金四郎をつかまえ、急ぎ伝えた。
「ご苦労、手柄であったな」
 裃(かみしも)を脱ぎながら、金四郎は言った。半左衛門は、嬉しげに顔を緩める。
「あとは、わしに任せるがよい」
「はい。分次についてはよいのですが、他に気がかりがございます。昨夜、権六一味の隠れ家の脇に、怪しい侍が潜(ひそ)んでおりました。小奇麗で、無頼浪人とは思えぬ様子でございました」
「侍か……」
 着替えを終えた金四郎は、座して考え込む。
「それからお奉行、今朝、火付盗賊改(ひつけとうぞくあらため)のご配下が参られ、権六一味の件で、ぜひ互いに合力(ごうりき)いたしましょう、とのことでございました」
「火盗改(かとうあらため)が?」
「はい。こういいように盗っ人に暴れ回られますと、あちらとしても捨て置けず、町方がつかんだ種(ねた)なども欲しくなったのでしょう」
「助け合うのはよいが……しかし、町方と火盗改は常日頃、手柄を奪い合う難しき仲。面倒な申し出をして参ったものじゃな」
 火付盗賊改とは、その名の通り、火付や盗賊など、江戸の凶悪事件を取り締まるために設けられた部隊だ。町奉行は民事も多く取り扱う「役方」つまり文官だが、火盗改は「番方(ばんかた)」と呼ばれる武官だ。彼らの本来の仕事は戦さである。中でも戦時、真っ先に敵陣へ討ち入るのが、御先手組(おさきてぐみ)という荒武者達だった。その組頭が、平時、火盗改を兼務している。町方は、細かな証拠を積み重ね、法に照らして慎重に吟味するのに対し、火盗改は力任せに賊をねじ伏せる傾向にあった。
「確かに、考えてみれば、厄介な話で……」
 その時、
「半左(はんざ)」
 金四郎が何か思い当たった顔で声を発した。
「その侍と申すは、火盗改の者ではないか。向こうも、権六の隠れ家を見張っておったのじゃ」
「なるほど」
 半左衛門は膝を打つ。
「火盗め、合力が欲しいなどと頼りなき風を装って、先に権六を捕らえる腹か」
「有り得ますな」
「我らは、もし今、権六を捕らえても、しらを切られれば終わりゆえ、次の盗みを待つしかない。これは遅れをとりそうじゃな」
「いかがいたしましょう」
「火盗とは慎重につき合え。証拠を固める前に斬り込むような構えがあらば、止める手立てを考えねばならん」
「心得ました」


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〈プロフィール〉
多田容子(ただ・ようこ)
1971年生まれ。京都大学経済学部卒業。99年、剣豪小説『双眼』でデビュー。柳生新陰流、小転中伝。2004年、兵庫県芸術奨励賞受賞。著書に『柳影』『月下妙剣』『柳生平定記』『諸刃の燕』『おばちゃんくノ一小笑組』シリーズ、『自分を生かす古武術の心得』『新陰流 サムライ 仕事術』などがある。
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