連載
金四郎と九十郎
第三編 町の恋 後2 多田容子 Yoko Tada
  七

 犬飼いの権六の一件は、ようやく落着した。武左衛門は切腹の上、家禄は召し上げ。配下の同心は、役目を滞らせた罪で謹慎、減俸となった。輔邦は、武左衛門を厳重に取り調べた功により、お構いなしと決まった。評定所への訴えは、金四郎も輔邦も取り下げている。
 
 堀田家の奉公人の娘おまちは、権六一味が捕まった後、屋敷へ戻っていた。しかし、母のおとくは、まだ娘と伊助の仲を許さない。
 九十郎が庭で木刀を振っていると、養母の里乃が縁へ現れた。冷水を入れた盆を、上品に置く。
「忝(かたじけの)うございます」
 九十郎は汗を拭って縁に腰かけた。
「剣術のほうも熱心ですね」
「はい、一応、これでも侍ですから」
 爽やかに言って、九十郎は水を飲む。しばらく、大きくなった倅の姿を見守っていた里乃は、小声で問うた。
「おまちのこと……そなたは、どう思います」
「まだ、おとくはうんと言わないのですか」
 里乃はうなずき、困ったような息を漏らす。
「私も、縁談を取りやめるか否か、迷っているのですよ」
「おまちは、伊助のことしか見えていません。添わせてやればよいと思います」
「そなたは、そのように易々と申しますが、女の一生とは長いものです。今は伊助がようても、何かで苦労すれば、やはりあの時、堅い店の跡取りに決めておけばよかった、と、思うやもしれません」
「では、今、心から慕うておる伊助を諦めて、後々、悔やむことはないと思われるのですか」
「いえ……それは……」
「おとくを呼んでください」
 九十郎は迷いのない声で言った。里乃は少し意外な顔を見せたが、すぐに賄い場のほうへ行った。
 里乃が戻ると、ほどなく庭へおとくがきて、跪(ひざまず)いた。
「若様、先だっては娘がとんだご迷惑をおかけし、お詫びの申し上げようもございません」
「それはよいのだ」
「いえ、おまちには一生、堀田家に手を合わせるよう、言い聞かせてございます」
 おとくの大袈裟さに、九十郎は閉口した。
「あの娘(こ)も、あれだけ勝手なことを仕出かせば、もう気が済んだでしょう。これからは、大人しくさせますから、どうか許してやってください」
「許すも何も、私は別に、おまちを責めるつもりなどない」
 九十郎は、ようやく口を開いた。
「伊助に惚れたおまちの目はなかなかのものだと思うぞ」
 おとくは気が動転したように、息を呑んだ。
「伊助は男だ」
 九十郎は言い切った。
「権六の子分に脅された者は、ほとんどが逆らえず、一味に加わった。しかし、伊助は死ぬほどの目に遭(お)うても、決して盗みはしないと言い張ったのだ。なかなか、できることではない」
「…………」
「なおも権六らに狙われると考えた伊助は、おまちに、この屋敷へ帰れと言った。拒んだのはおまちで、私も意気に感じ、おまちが伊助の介抱をできるよう考えた」


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〈プロフィール〉
多田容子(ただ・ようこ)
1971年生まれ。京都大学経済学部卒業。99年、剣豪小説『双眼』でデビュー。柳生新陰流、小転中伝。2004年、兵庫県芸術奨励賞受賞。著書に『柳影』『月下妙剣』『柳生平定記』『諸刃の燕』『おばちゃんくノ一小笑組』シリーズ、『自分を生かす古武術の心得』『新陰流 サムライ 仕事術』などがある。
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