よみもの

◆2016年新春座談会 安部龍太郎×諸田玲子×澤田瞳子◆  
諸田
私も今年は安部さんのように、じっくり腰を据えて作品に取り組む年にしたいですね。
安部
僕は今、地方新聞で「家康」を連載させていただいているのですが、書いているうちにある手ごたえを感じている。つまり自分が目指す歴史小説っていうのはこういう形じゃないかなっていうのが『等伯』を書いている時にある程度見えてきたのですが、戦国武将をどう書くかは画家を書くのとはまた違っていた。それで、「家康」をやってみて、あぁこれで家康本人を書けているという実感があります。なので、このまま何とか最後まで無事に連載を終えて、新しい境地を開きたいと思っていますね。
今60歳ですから、おそらくトップスピードで走れるのは75歳位まで、あと15年ですよ。作家人生を初期・中期・後期と分ければ、これからの15年は後期に当たる。だからこそ、作家としての集大成に入るための、ステップアップの1年にしたいですね。
諸田
澤田さんはそういうこと、まだあんまり考えないでしょ? デビュー5年でこれだけのものが書けて、あちこちから書いてほしいとオファーもあると思うし、実際書くだけの力もあるし、だから今はいっぱい書いたほうがいいですよ。
でも、私の年齢になると、あともう何冊書けるかなって思うから、それだけに一旦立ち止まって、1冊1冊大切にしなきゃって思います。
でも、安部さんって昔から、作家としてのタイムスケジュールみたいなものを考えていらっしゃいましたよね?
安部
そうだね。僕は33歳でデビューしたんだけど、澤田さんも同じかな?
澤田
はい。小説家としては、そうですね。
安部
作家になった時、まず自分の作家人生は、あと何年位できるだろうと考えました。そして、70歳を1つの線とすると、これから36年位あるなと。そこで12年を1期として3期に分けることにしたわけです。ほら、比叡山の十二年籠山行(ろうざんぎょう)も12年、干支もひとくぎりじゃない。
最初の12年は、自分の基礎を作る時期。澤田さんは、まさに今がこの時期だよね。だから、さっき諸田さんもおっしゃったようにドンドン書いたほうがいい。次の12年は自分の作風を作る時期で、最後の12年はいよいよ自分の完成した作品を書き上げる時期。つまり、成熟の時期なんだという計画を立てたんですよ。だから、目先の流行りを追うまいと思っていたね。翻弄されずに、作品と向き合おうと。
諸田
私はデビューが遅くて40歳近くになってからなんですよ。右も左も分からない頃に、安部さんにお会いしたの。大先輩だったからドキドキして会いに行って。その頃から安部さんは、「今、自分はこういう時期だから」ってきちっとおっしゃっていた。その時は訳が分からなかったけど、10年ほど経って「あぁ、安部さんがあの時おっしゃっていたのはこのことか」「安部さんに言われた通りだ」と分かるようになったの。安部さんの後を追いかけている感じがしています。
そう考えると、安部さんってわりと理数系ですよね?
安部
そうかもしれないね。まぁ、癖みたいなもんだと思うけど、目標がどこにあって、それを実現するには何年必要で、その間にどうしたらいいか考える、といった感じかな。
司会
「歴史小説」「時代小説」という視点からお話を伺いたいのですが、安部さんは時代物よりも歴史物に重心があるように感じるのですが……?
安部
そうですね。僕が生まれ育った福岡県の山奥の集落というのが、南北朝時代に南朝方が立てこもったという歴史を背負ったようなところなので、なんとなく集落のDNAとして歴史そのものに興味があるのかな。
変な話だけど、今でもまだ大人たち「世が世なら俺が将軍だ」みたいな話題で酒を飲んでいるのよ。南朝方の良成(よしなり)親王を守って、その山奥に住み着いたような人たちの末裔だから、なんとなく日本がどうあるべきかとか語るわけ。取材先でも感じるけど、実は田舎の人たちほど政治議論が活発なんだよ。農家の人たちとか漁村の人たちとかが、居酒屋で今の政治家たちと同じ視点で政治について話している場面をよく見るんだけど、うちの田舎も同じ。だから、この国はどうあるべきかとか、この国の歴史の解釈は本当はこうなんだとか言いながら酒を飲んでいる大人たちが周りにいっぱいいて、そんな中で育ったからね。影響を受けているところはあると思うよ。
澤田
なるほど。
安部
どこの国の歴史もそうだけど、勝者の歴史でしょ。いまだにうちの田舎に残っている人たちは、どちらかと言えば敗者だよ。そうすると、敗者の側から勝者の作った歴史に対し何か言わずにはいられないようなモチベーションが自分の中にもどっかにあって、それが高じて日本史全体の見直しの作業をせずにはいられないような気持ちの持ち方になっているところはあるね。
諸田
安部さんは最初から、天皇制など大きなテーマに挑んでいらっしゃいますよね?
安部
なんとなく、天下国家を相手に戦いたいんだよね、男は(笑)。
ただ、作家としては、非常に困難な道を選んでいると自分でも思う。司馬遼太郎さんなんかはそれを非常に有効におやりになったけど、今はいないんだよね、僕以外にやる人が。今こそ我々作家はそういう視点を持たなければダメだという思いが常にあって、鯨のしっぽに噛みついているような、まぁそういうことをずっとやっていますね。
澤田
網野善彦さんの中世史観が流行った中にあって、安部さんはずっと天皇制とかを書いてらっしゃったのは、一読者としてすごいなぁって尊敬していました。
安部
それも、うちの集落のDNAかもね。


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〈プロフィール〉
安部龍太郎
1955年福岡県生まれ。図書館に勤務するかたわら、短編で日本全史を網羅した『血の日本史』で90年デビュー。2005年『天馬、翔ける』で第11回中山義秀文学賞を受賞。13年『等伯』で第148回直木賞を受賞。著書に『信長燃ゆ』『海神』『関ヶ原連判状』『恋七夜』ほか多数。
諸田玲子
静岡市生まれ。上智大学英文学科卒。1996年「眩惑」でデビュー。2003年『其の一日』で吉川英治文学新人賞を受賞。07年『奸婦にあらず』で新田次郎文学賞受賞。『あくじゃれ』『末世炎上』『昔日より』『月を吐く』『髭麻呂 王朝捕物控え』『恋縫』など平安から江戸まで幅広いジャンルの話題作を発表する気鋭。
澤田瞳子
1977年京都府生まれ。同志社大学大学院博士前期課程修了。専門は奈良仏教史。2011年デビュー作『狐鷹の天』で第17回中山義秀文学賞を最年少で受賞。12年『満つる月の如し 仏師・定朝』で第32回新田次郎文学賞と第2回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。作品に『日輪の賦』『ふたり女房』ほか。
構成・戸高米友美
撮影・久保陽子
会場・天喜