よみもの

◆2016年新春座談会 安部龍太郎×諸田玲子×澤田瞳子◆  
諸田
そういえば、ラグビー日本代表で有名になった五郎丸歩選手の実家も、ご近所なんですよね?
安部
そうそう。五郎丸選手のお父さんと、うちの姉は同級生。それで、五郎丸選手の持っている野武士のような風貌、久々にサムライみたいなのが出てきたなと思っていたのだけど、なんとルーツがうちと同じだって分かってね。
澤田
「五郎丸」という姓には、何か謂(いわ)れがあるのですか?
安部
おそらくね、都から良成親王が九州に下向なさる時に船を出した、熊野か瀬戸内海の水軍だったんじゃないかなと。それで「丸」の字を付けているのだと思うね。あるいは、その時に姓を賜ったのかもしれないけど。その後、どんどん追いつめられて、山奥の標高450メートルくらいのところに650年ほど逼塞していたわけ。 まぁ、彼のお父さんは、中学を卒業して、福岡市内に出ておられるみたいなので、五郎丸選手自身は自分のルーツをそこまで意識していないと思うけども、僕としてはね、息子か息子の同級生が活躍しているような気持ちになりますね。
諸田
五郎丸選手を見ていると、確かに反骨精神を感じますよね。
安部さんは歴史に対して自分はどの位置にいるのか常に考えていらっしゃいますよね。その点、私は歴史が好きで作家になったわけではないので、現代物でも、平安朝でもなんでもいい。それよりも、こういう男がいたらどうだろうとか、こういう場面で女はどうするのかとか、要はいつの時代でもかまわない。だから、あんまり関ヶ原の戦いにも本能寺の変にも興味がないのです。
澤田
私、大学生の頃に諸田先生の平安物を読ませていただいたのですが、あの時代をこんなに生き生きと書かれる方がいらっしゃるんだって感動したんですよ。
諸田
本来は、もっとしっかり勉強した人が書けばいいのだけど、それはそれで既成概念にしばられてしまう。一方、勉強してないとビクビクして書けなくなる。
私は、外国の小説のような時代物を書きたいなというのが最初だったの。日本の時代物、歴史物というのは、歴史的な事実があって人がいるでしょ? でも、そうではなくって昔でも今でも人間は同じだから、例えば心理ドラマみたいなものを時代物で書けないか、『レベッカ』みたいなものを書きたいと思っていたの。どこか歴史の面白い部分を取って、それを現代の私でも読める小説にしたいと……。歴史作家になろうとは全く考えてなかった。
だから、澤田さんの書かれるものを読ませていただいてると、歴史的な基礎がしっかりしていて、安部さんのように、しっかり歴史に基づいて書いていこうとしている。重厚な感じがしますね。
澤田
私は歴史の事実は好きなんですが、お城とか美術作品とか今に伝わっているものにはあまり興味がないんです。こんな資料があって、資料には詳しく載っていないけど、この人はきっとこんなことをしたんだろうなとかを想像するのが好きなんですよね。だから、その人が残したものにはそんなに興味がなくて。
諸田
『若冲』のような美術物、沢山書いていらっしゃるのに? 意外です。先ほど、安部さんは等伯の絵に惚れて、その絵を描く場面をクライマックスにしようと思われたとおっしゃっていたけど、澤田さんはその人の作品からインスピレーションを感じることはないの?
澤田
ちょっと違いますね。もちろん絵はベースにあるんですけど、この絵を描いた人はどういう人だったのか、人物のほうに興味があります。だから、モノを作る直前までにすごく興味があるので、小説にはあまりモノを作るシーンは出てこないんですよ。
私は、律令制のような「システム」が好きです。皆さん、時代時代で平安とか室町とか戦国とか幕末とかバラバラのように捉えてるけど、古代から変わらずにずっと流れているシステムがあるんですよ。その1つが天皇制であり、私が一番好きな律令制ですよね。そういうのってずっと人の心の中に流れていて、そのシステムによって日本という国は築かれてきたのだということを描いていきたいと思っています。
諸田
へぇ、律令制のようを制度に興味があって、そこから物語を紡いでいく女性って面白いですよね。
私は、系図を眺めているのが好き。今の歴史って、どうしても男性の歴史になるじゃないですか。だけど、平安朝でも戦後でも、系図を見ていると、娘がお嫁にいく、その子がまた別の家に嫁ぐ、思わぬところで縁続きになっていて、それが実は戦(いくさ)やその後の歴史に大きく影響している。女の感覚からしたら、そういうつながりがとても重大です。でも、実際には兄弟でも殺し合ったりする。だからこそ、本当に興味が尽きません。系図を見ながら、家族関係を想像するのが大好きです。
安部
当時はもう網の目のように縁戚を結んで、それがいわゆる安全保障みたいな役割がありましたからね。
諸田
系図や史料には「女」としか書いてないので分からないことが多いし、今まで研究されていないけれど、もしかしたら歴史の大きな転機に女性が関係していたかもしれない。この家とこの家の関係はとか、そういうようなことをもっと調べると面白いのではないかと思うの。
今、ミステリーを書いているのですが、長女がどこの家にお嫁にいって、次女がどこにいって、三女がどこにいってとなるとこの家とこの家の関係ってどうなのかな、みたいなところからしか、解きほぐせないんですよね。でも、そのかすかな糸口から、こうなんじゃないかって謎解きをしていくのが、面白いんです。
『帰蝶』では誰も「敵は本能寺にあり」なんて言わないし、『四十八人目の忠臣』には討ち入りのシーンがない。つまり、戦いの場面にはあまり関心がない。
本能寺の変や討ち入りを書いた素晴らしい小説は他にあるんで、私は私にしか書けないことを書けばいいと思って、切り捨ててるんですよ。私にはそれしか書けない。自分に引きつけて、では女の人がどう思ってその時代を生きたかを書きたいので、メジャーでなくてもいいから、なるべく他の人が書けない、空白になっているところをちょっとずつでも埋めていければいいかなと。女の人たちの気持ちに寄り添ってあげたいというか、脚光を浴びさせてあげたいという熱い思いで書いています。男性の作家さんや澤田さんのように歴史の知識がある方が重厚なものを沢山書いてくださっていますよね。でも、私みたいな人間もその時代にいたはずだと信じて、その気持ちに寄り添って書きたいなと。


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〈プロフィール〉
安部龍太郎
1955年福岡県生まれ。図書館に勤務するかたわら、短編で日本全史を網羅した『血の日本史』で90年デビュー。2005年『天馬、翔ける』で第11回中山義秀文学賞を受賞。13年『等伯』で第148回直木賞を受賞。著書に『信長燃ゆ』『海神』『関ヶ原連判状』『恋七夜』ほか多数。
諸田玲子
静岡市生まれ。上智大学英文学科卒。1996年「眩惑」でデビュー。2003年『其の一日』で吉川英治文学新人賞を受賞。07年『奸婦にあらず』で新田次郎文学賞受賞。『あくじゃれ』『末世炎上』『昔日より』『月を吐く』『髭麻呂 王朝捕物控え』『恋縫』など平安から江戸まで幅広いジャンルの話題作を発表する気鋭。
澤田瞳子
1977年京都府生まれ。同志社大学大学院博士前期課程修了。専門は奈良仏教史。2011年デビュー作『狐鷹の天』で第17回中山義秀文学賞を最年少で受賞。12年『満つる月の如し 仏師・定朝』で第32回新田次郎文学賞と第2回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。作品に『日輪の賦』『ふたり女房』ほか。
構成・戸高米友美
撮影・久保陽子
会場・天喜