よみもの

◆2016年新春座談会 安部龍太郎×諸田玲子×澤田瞳子◆  
澤田
今、一番興味があるのは古代における地方です。今まで歴史って男性が主人公、男性ばっかりが書かれていて、女性は「女」のひとことで終わってしまう。いつ生きて、いつ死んだのかも分からないけれども、確かにいたはずだというところに諸田さんは興味がおありだと思うのですが、私にとってはそれが古代における地方でして。古代の地方って史料が限りなく少ないんです。だから、結局みんな中央しか見ない。でも、日本を支える周辺諸国、地方は確実に存在していたのですから、それをどうにか掘り起こしたいなと思っています。
安部
それはやっぱり、今の日本史の欠点を補足する仕事ですよ。地方を書くことも、女性を書くこともね。
諸田
男の人を書く時も、色々考えるんですよ。例えば、5人兄弟がいて娘4人の中にひとりいた男と、一人っ子で育った男とでは、もうそれだけで性格が違うんじゃないかとかね。実際に黒田官兵衛にしても、信長や秀吉、家康にしても、母親や妻の存在が影響しているのではないかと考えると、日本の歴史はその部分がそっくり抜け落ちてるような気がします。歴史ってもっと豊かであっていいんじゃないかしら。みんながみんな王道だけ追いかけている気がして。女性だからこそ、書けるものを探したい。
実は私、次郎長の末裔なんです。地元では次郎長は義理人情に厚い親分ですが、私は身内としてカッコよくない部分も含め、もっといろんなことを聞いているわけです。だからこそ、既成概念を潰したいっていうところから、小説の世界に入っているのだと思います。
司会
お話を伺っていると、安部さん、諸田さん、澤田さんそれぞれ違うアプローチのようだけども、実は既成の歴史に対する固定観念みたいなものに向かって喧嘩を挑んでいるところは共通していますね。
安部
本当だね。
司会
京都での対談ということで、京都についても皆さんに伺いたいのですが、京都で生まれ育った澤田さん、京都に半分住んでいらっしゃる安部さん、そして東京からお越しいただいた諸田さん、それぞれの立場で京都の魅力をお聞かせいただけますか?
澤田
私の場合は両親が中部地方の人間なので、ちょっと外から見ているようなところはあります。それでもずっとおりますと、変わらないことのほうが多すぎて慣れ切ってしまうんですよね。だから、たまに東京なんかに行った時のほうがテンション上がる。あっ、ここはビルの街になっているけど、溜池山王だ、ため池があったんだよね、とか。
歴史の流れがあまりに当然すぎちゃって、ちょっとよくないですね(苦笑)。
ただ一方で、江戸時代は幕末より前の京都ってあんまり日が当たらない。でも、京都って江戸時代にもちゃんと幕府政治と折り合ってやっていた。『若冲』では、実はその京都のシステムを書きたかったんです。
諸田
そこも「システム」なのね。京都の街を動かしているモノってことですよね。
安部
そもそも、なんで「システム」なの?
澤田
私、高校の時、演劇部だったんですけど、実は舞台に立つのではなくて、裏で台本書いたり、緞帳の上げ下ろしをしたり音響触ってライティングいじってという裏方ばっかりやっていました。何かを後ろで動かしていることのほうが好きなんですよね。
諸田
へぇ、私は舞台に立ちたくなるほうだから……やっぱり京都の人は違うのね。
澤田
いえいえ、一体どうやって動いているのか、裏側を覗き見るのが好きなんですね。
安部
からくり、だね。
諸田
澤田さんも、安部さんと同じく理数系かしら。
澤田
いやぁ、超文系ですよ。
安部
僕は福岡に生まれて21年間暮らし、その後関東で就職したので、九州と関東のことはある程度肌身で知っている。ところがね、近畿地方っていうのはそっくり抜け落ちているんだよね。京都にはよく取材で来ていたが、住まないと分からないんだなっていう経験を取材中にしたことがあって。六波羅蜜寺とか六道珍皇寺で、お盆の迎え火をやるじゃないですか。その時に、特に珍皇寺なんか埋められた鐘をついて死者の魂を呼び戻したり、六道図なんかの絵解きに詳しい人がいたりして、それを見聞きするためにみんながわーっと集まってくる。そんな様子を見ると、あぁ京都って非常に中世的だなぁと実感する。インドの聖地みたいな熱気があるわけよ。それで、これは京都っていうのは近代化という表面の下にまだ中世というものが地下水脈のように脈々と流れていて、それが京都の人たちの生活規範になってるなっていうのを感じたの。でもそれは実際に住んでみないと分からないから、暮らすことにしたわけ。諸田さんも、ぜひ住んでみて下さいよ。
諸田
毎日飲み歩いちゃいそう。
反対に私は憧れがあるんだろうと思います。京都を舞台に書きたいとか、京都に何か関係したいという思いはすごくありますね。でも、実際に生活しているわけではないから、物語の中で京都に対するユートピア的なものが消えません。
そう考えると、案外自分の郷里のことってみんな気が付かない。宇江佐真理さんは函館に住みながら、江戸の長屋のことをまるでそこにいるかのように書いていらした。藤沢周平さんは架空の藩を作られて書いておられた。同じように、京都で暮らしていないから、もしかしたら間違いかもしれないけど、「京都」を物語にしたいって気持ちは、むしろ外の人間のほうがあるのかも分からないですね。それは住んでいるよさ半分、遠くにいるよさ半分。京都って混とんとして、ミステリアスなところがいっぱいある気がしますね。
安部
テーマパークというか、そういう面白さはありますよね。フラフラ歩いていても、えーこんなとこに! という発見がある。
澤田
そうですね。見えないものを探るほうが、ドキドキする。だから私は、古代を好んで書くんだと思います。平安ぐらい遠ければ見えないけど、江戸だとホイって手が届いちゃう。
諸田
ありますよね。江戸だとみんな共通するイメージが強すぎて創作しにくいけど、平安朝はもっと自由にのびのび書ける。安部さんはよく実在の人物を書かれていますけど、プレッシャーってないですか?
安部
長いことありましたよ。どうしても史実に引きずられるから、想像力の翼が伸びないような弊害がありますね。ただね、近頃は、どう書いても俺のもんだという思いがあるからね。だから、断定的に書くようにしています。断定しないことには始まらないというか、だって僕がそう思ったんだから仕方がないじゃんって、もう突っ走ろうと思っていますね。
諸田
素晴らしいですね! 何年目位からそう思うようになったのですか?
安部
最近じゃないかな。この間ね、たまたま司馬遼太郎さんの没後20年で葉室 麟さんと対談したの。それをきっかけに1週間ぐらい集中的に司馬さんの本を読み返したんですよ。彼の作品には素晴らしいところもあるんだけども、嫌いなところもあって。一番嫌だなと思うのは、なぜこんなことが言えるのかという根拠がない断定がいっぱい続いていること。僕自身が誠実に歴史小説を書こうとすればするほど嫌だった。ところがこの間読み返してみてね、司馬さんはその断定の向こう側にある世界を創ろうとしているんだということが分かってね。これはこれですごい作業なんだなってことをね、再認識したんですよ。
そんな話を葉室さんとしたら、葉室さんが「いや、司馬さんは気合で断定するんだ」っておっしゃるわけ。そうか、ならばこっちも気合で断定しようと思ってね。ある人物はこうも見えるけど、こうも考えられるというような捉え方をしても、際立ってこないし、伝わらない。もちろん、断定すれば、反対派も増える。だけども、歴史に関わった人間を書く我々は、それを覚悟で断定すべきだろうと腹を据えましたね。今は、何を言われても怖くない。
諸田
その気持ち分かります。だから、ブレたり、いろんなことを思っても、もういいや、自分がそう思ったんだから進もうって段々思うようになりますよね。
安部
最近みんな、自分の生き方なり、考え方なりを明確に言えなくなっている状況にある。だから、非常に賢いけども、知識はあるけども、「じゃあ、お前はどうなの?」って言われた時に、なかなか言いにくい。あるいは言えない。みんなすくみ上がって、相手の反応を窺っているような。これって日本の活力をそいでいるよ。だから、我々はドン・キホーテのように水車に向かって突撃しようじゃないか! と思うんです。


   4  次へ

 
〈プロフィール〉
安部龍太郎
1955年福岡県生まれ。図書館に勤務するかたわら、短編で日本全史を網羅した『血の日本史』で90年デビュー。2005年『天馬、翔ける』で第11回中山義秀文学賞を受賞。13年『等伯』で第148回直木賞を受賞。著書に『信長燃ゆ』『海神』『関ヶ原連判状』『恋七夜』ほか多数。
諸田玲子
静岡市生まれ。上智大学英文学科卒。1996年「眩惑」でデビュー。2003年『其の一日』で吉川英治文学新人賞を受賞。07年『奸婦にあらず』で新田次郎文学賞受賞。『あくじゃれ』『末世炎上』『昔日より』『月を吐く』『髭麻呂 王朝捕物控え』『恋縫』など平安から江戸まで幅広いジャンルの話題作を発表する気鋭。
澤田瞳子
1977年京都府生まれ。同志社大学大学院博士前期課程修了。専門は奈良仏教史。2011年デビュー作『狐鷹の天』で第17回中山義秀文学賞を最年少で受賞。12年『満つる月の如し 仏師・定朝』で第32回新田次郎文学賞と第2回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。作品に『日輪の賦』『ふたり女房』ほか。
構成・戸高米友美
撮影・久保陽子
会場・天喜