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2017年新春座談会 田口俊樹×堂場瞬一×福田和代
◆2017年新春座談会 田口俊樹×堂場瞬一×福田和代◆  
司会
新年あけましておめでとうございます。この座談会は、昨年2016年を中心に翻訳・出版された海外ミステリーの収穫を語らいつつ、2017年の展望をうかがえればと思っています。
福田
ええと、どのあたりから参りましょうか。まずはドン・ウィンズロウ『ザ・カルテル』上・下(峯村和哉訳、角川文庫)から始めてみます? 2009年に翻訳が出た『犬の力』上・下(東江一紀訳、角川文庫)の続編で、脱獄したメキシコの麻薬王が抗争下にあるカルテルをまとめるべく暗躍する。『犬の力』の衝撃をさらに上回る、「読むのが辛い!」と感じたくらい、血なまぐさい世界が展開されていました。
堂場
私も他所のアンケートで上位に入れました、力作でしたね。ただ、実は気になっていることもありまして。これはどこまでいっても「アメリカから見たメキシコ」だな、と。メキシコのメンタリティや歴史性といったものにはほとんど触れられておらず、アメリカのマチズモが顕著なんですよね。2015年に翻訳された『報復』(青木創・国弘喜美代訳、角川文庫)でも、実は似たような感覚を抱いていました。
田口
ユッシ・エーズラ・オールスン『特捜部Q 知りすぎたマルコ』上・下(吉田薫訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)も2016年に刊行されましたが、2011年以来、日本でも人気のこの『特捜部Q』シリーズでは、主人公の助手を務めるイスラム教徒のアサドが大変魅力的に描かれていますよね。たしかにそれに比べれば、異文化に対する態度が対照的です。
福田
ウィンズロウは麻薬を合法化すべきだと意見広告を出すなど、ちょっぴりこの件に入れ込み過ぎている面はあるのかもしれません。ただ、この作品を通じて、今という時代も理解できました。それこそアメリカのトランプ次期大統領が「メキシコとの国境に壁をつくる」と主張したり、フィリピンのドゥテルテ大統領が麻薬の売人を超法規的に殺したり――その行動の可否とは別に、こうした時代の背景≠理解させてくれる小説だったな、と。同じウィンズロウでも軽妙な『夜明けのパトロール』(中山宥訳、角川文庫)シリーズなどとは、別人が書いたもののようですよね。
田口
アメリカのミステリーなら、私はジョン・ハート『終わりなき道』(東野さやか訳、ハヤカワ・ポケット・ミステリ)が面白かったですね。少女監禁犯を拷問・射殺したとして非難を浴び、苦悩している女性刑事が描かれるんですが、彼女のキャラクターがとても魅力的。話の展開もグッとうまくなったと感じました。
堂場
彼は稀代のストーリーテラーですね。
田口
実はちょっと、自分と相性の悪い作家ではあったんですよ。地方都市の閉塞感がいつものテーマで、やや食傷気味になってしまって……それでも『終わりなき道』は良かった。地方都市の閉塞感に関して言えば、時代を象徴する題材ではあるかもしれないですね。彼は自らが育ったノースカロライナ州ローワン郡をモデルにした「レイヴン郡」という架空の土地を舞台に小説を書いています。
福田
こうして翻訳小説を通して、なかなか描かれることのないアメリカの地方都市の様子を知ることができますよね。気になるのは、たとえば大統領選でトランプを支持した五大湖周辺の「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれる地域。あのあたりを描いた小説ってあまり見かけないな、と。アメリカ国内でもないのか、それとも日本に入ってきていないのか……。
田口
おそらく意外と数はあるのでは、と思うんですよ。アメリカの懐≠ヘやっぱり深いですから。これまでの流れとは異なる小説が、今後どんどん輸入されてくるかもしれないですね。


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〈プロフィール〉
田口 俊樹
(たぐち としき)
1950年奈良県生まれ。翻訳家。マルタの鷹協会会員。早稲田大学第一文学部卒業。劇団木馬座勤務の後、1977年、都立高校教員となる。教員生活を送りながら、1977年ミステリー翻訳を手がける。1989年から、翻訳学校「フェロー・アカデミー」講師。ローレンス・ブロックなど、英米ミステリーを主として翻訳している。『ベント・ロード』(ローリー・ロイ著・集英社文庫)、『チャイルド44』(トム・ロブ・スミス著 新潮文庫)など多数。翻訳ミステリー大賞シンジケートの発起人の一人。
堂場 瞬一
(どうば しゅんいち)
1963年茨城県生まれ。青山学院大学卒業。会社勤務のかたわら執筆した「8年」で第13回小説すばる新人賞受賞。スポーツ青春小説、警察小説の分野で活躍中。著書に『いつか白球は海へ』『検証捜査』『複合捜査』『共犯捜査』『解』『社長室の冬』など多数。
福田 和代
(ふくだ かずよ)
1967年兵庫県生まれ。神戸大学工学部卒業後、システムエンジニアとなる。2007年『ヴィズ・ゼロ』でデビュー。大型新人として一躍脚光を浴びる。著書に『TOKYO BLACKOUT』『怪物』『緑衣のメトセラ』『オーディンの鴉』『ハイ・アラート』『宇宙へ』『碧空のカノン』など。
司会/集英社文庫編集長
江口 洋
撮影/chihiro.
構成/宮田久文
会場/赤坂離宮 銀座店