よみもの

◆2017年新春座談会 田口俊樹×堂場瞬一×福田和代◆  
福田
イギリスついでに触れておきたいのが、リース・ボウエン『貧乏お嬢さまのクリスマス』(田辺千幸訳、原書房)が最新刊の、「貧乏お嬢さま」シリーズ。ドイツでヒトラーが台頭する頃のイギリスを舞台に、貴族とは名ばかりの貧乏生活をおくる公爵令嬢を主人公に据えた、いわゆる「コージー・ミステリー」――コメディー・タッチのユーモア・ミステリーです。各種のミステリー・ランキングだとどうしても上位には入ってこないのですが、日本でもおおいに需要はあるんじゃないかと。そうそう、イギリスと言えば田口さんにお聞きしたかったんですが、『チャイルド44』上・下(田口俊樹訳、新潮文庫)以降、評価の高かったトム・ロブ・スミスの新作はまだなのでしょうか。2015年に出た『偽りの楽園』上・下(同上)で刊行が止まっていますが……。
田口
彼は元がテレビドラマの脚本家なので、一旦そちらの世界に戻ってしまったんですよ。でも若いからまた小説も書いてくれると思いますよ。
堂場
そうなんですよね。1979年生まれなので、まだまだこれから。
福田
なるほど、気長に待ちます! それではここで、ドイツ・ミステリーも振り返ってみましょうか。私は、ハラルト・ギルバース『オーディンの末裔』(酒寄進一訳、集英社文庫)が面白かったです。
田口
話題を呼んだデビュー作『ゲルマニア』(同上)の続編ですね。
堂場
僕は文庫では2016年の1位に推します。1945年、敗戦直前のベルリンが舞台。連合軍が迫り空襲も続くなか、ユダヤ人の元刑事を軸に、人々がどんな行動をとっていたか読む――ミステリー色は薄いですが、第二次世界大戦末期のベルリンの様子がよく分かります。それにしても、ドイツ・ミステリーはやはり硬質。
福田
フェルディナント・フォン・シーラッハ『テロ』(酒寄進一訳、東京創元社)は、2011年に『犯罪』(同上)で一躍著名になったシーラッハの新作でした。やはり純文学的なタッチですね。
田口
翻訳者の立場で見ると、小説というより戯曲に近いんですよ。
司会
フレンチ・ミステリーもここ数年、人気を博し続けています。
田口
昨年はピエール・ルメートル『傷だらけのカミーユ』(橘明美訳、文春文庫)が出ましたね。2014年以降、『その女アレックス』『悲しみのイレーヌ』(同上)と日本でヒットを重ねてきたルメートルですが、これが「カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ」三部作の完結編です。
福田
近年ですと、ローラン・ビネ『HHhH』(高橋啓訳、東京創元社)や、 ミシェル・ビュッシ『彼女のいない飛行機』(平岡敦訳、集英社文庫)などがフランス発の小説として記憶に残っていますね。2016年ならエルヴェ・コメール『その先は想像しろ』(田中未来訳、集英社文庫)。ミステリの核としての謎にかかわるひねり≠ニいうよりは、味わいの部分においてツイストをきかせてくるあたりが、フレンチ・ミステリーっぽくて、「ええっ、そっちに行っちゃうの!?」と。
堂場
フレンチ・ミステリーは、糸の切れた凧というか、どこに飛んでいくか分からない不思議な味わいがありますよね。コメールの場合はそこに、昔のノワール映画への憧れが加わっている感じがある。フランスのミステリーは、まだ知らない作家や作品が埋もれていそうです。そうした未発見の才能という意味でいうと、スペインあたりも不思議な作品が出ていますよね。
田口
19世紀のバルセロナを舞台にしたジョルディ・ヨブレギャット『ヴェサリウスの秘密』(宮崎真紀訳、集英社文庫)が出ました。
堂場
すごく変わっている小説だなあ、という印象です。なんでしょうか、南米のマジック・リアリズムを逆輸入したような。南米で書かれるような小説がスペインから現れた、という気がします。
福田
連続殺人事件と幻の解剖書≠めぐる2つの謎が主題で、とても面白くページをめくっていけるんです。そして楽しく読み終わると、「あれ、何がどうなったんだっけ?」と確認したくなる(笑)。


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〈プロフィール〉
田口 俊樹
(たぐち としき)
1950年奈良県生まれ。翻訳家。マルタの鷹協会会員。早稲田大学第一文学部卒業。劇団木馬座勤務の後、1977年、都立高校教員となる。教員生活を送りながら、1977年ミステリー翻訳を手がける。1989年から、翻訳学校「フェロー・アカデミー」講師。ローレンス・ブロックなど、英米ミステリーを主として翻訳している。『ベント・ロード』(ローリー・ロイ著・集英社文庫)、『チャイルド44』(トム・ロブ・スミス著 新潮文庫)など多数。翻訳ミステリー大賞シンジケートの発起人の一人。
堂場 瞬一
(どうば しゅんいち)
1963年茨城県生まれ。青山学院大学卒業。会社勤務のかたわら執筆した「8年」で第13回小説すばる新人賞受賞。スポーツ青春小説、警察小説の分野で活躍中。著書に『いつか白球は海へ』『検証捜査』『複合捜査』『共犯捜査』『解』『社長室の冬』など多数。
福田 和代
(ふくだ かずよ)
1967年兵庫県生まれ。神戸大学工学部卒業後、システムエンジニアとなる。2007年『ヴィズ・ゼロ』でデビュー。大型新人として一躍脚光を浴びる。著書に『TOKYO BLACKOUT』『怪物』『緑衣のメトセラ』『オーディンの鴉』『ハイ・アラート』『宇宙へ』『碧空のカノン』など。
司会/集英社文庫編集長
江口 洋
撮影/chihiro.
構成/宮田久文
会場/赤坂離宮 銀座店