よみもの

◆2018年新春座談会 安部龍太郎×村木嵐×原口泉◆  
原口
先ほど挙げた教育力にもつながるのですが、島津斉彬は、藩校教育だけではなく、違う年齢の集団を集めた「郷中(ごじゅう)」教育という独特な制度を取り入れていました。貧困層が多い中、郷中教育によって青年団組織のようなものができて、相互扶助、将来のための人脈づくりというものが行われていた。
安部
そうです、そうです。司馬遼太郎さんもお書きになっているけど、たった二百メートル四方ぐらい(鹿児島城下の加治屋町)の中から明治維新を動かしていく連中があらわれたというのは、まさにその郷中の力でしょうしね。
村木
武士の割合が四分の一強あるというのは、ある意味で兵農分離されないままあったということなんですね。
原口
そうです。薩摩藩は城下士だって農業をやっていましたから。薩摩藩の大きな特徴です。
安部
つまり、農兵を組織する必要はないということですね。
原口
奇兵隊を組織する必要は、初めからない。他藩には都市のサラリーマン武士が農業をやって自活するというシステムがない状況でね。
安部
とはいえ薩摩藩の農民は大変に過酷な状況に置かれていた。先ほど原口先生の話にもチラッと出ましたが、年貢八割、八公二民ですよね。
村木
それで、「上見部(うわみぶ)下がり」という制度があったわけですよね?
安部
そうです。不作だから全員の年貢を軽くしますというような制度が。いわゆる救済措置ですね。
村木
でも、薩摩では武士の割合が高くても大丈夫だったというのは不思議な感じです。武士が農業をやっているのに、例えば(斉興と側室由羅〈ゆら〉の間に生まれた斉彬の異母弟の)島津久光(ひさみつ)などが突然、「上京するぞ」と宣言して行ってしまうと、あとは農業はどうするんだろう。四分の一もの働き手が突然いなくなってしまう……。
原口
出ていく順番が決められているんです。城下の侍は上方に千人規模で出るとします。そうしますと、今度は郷士が城下の守りにつくという形。それで、順繰りに箱館までやっていくんです。
安部
輪番制みたいに。
村木
じゃあ、千人ぐらい出ろと突然言われても、大丈夫なんですか?
原口
大丈夫です。今度は何番組が出ると。城下も六組に分かれていましたから、今度は何組から出陣だと。
村木
そうなんですね、そんな特殊性があったからこそ、領民たちの意識がみな違ったんですね。
原口
さらに、薩長肥の三藩は対外戦争をやっている。その経験によって、やはり敵は外国であるというような意識が領民たちにできなければ、矛盾に耐えうる国民というのは生まれないわけです。やっぱり薩英戦争と下関戦争とフェートン号事件が大きいのではないかな。
村木
藩を、国を変えていかなければいけないということへのリアリティーがあるかないかということでしょうか。
原口
そう、そう。外圧を経験し、実戦経験があるかどうかが一番大きいですね。
安部
だから、西洋列強との力の差を知って初めて、もうこのままではだめだと気づくから、頑張って改革していかなければいけないし、自分の身を切っていかなければいけないと思える。それが、薩摩藩とほかの藩の、全然違うところじゃないですかね。
□「植民地」の存在
江口
実際、薩摩藩だけが既に江戸時代に植民地支配というのをやっていたんですよね?
安部
そうなんです。だから、帝国主義のうまみというのはよく知っていたわけですよ。
村木
だから明治政府をつくれるんですね。
安部
そういうことも非常に大きな問題だと思う。琉球支配によって、琉球を通じての密貿易を行っていく。非常に大きなダイナミズムがあるんです。
村木
私も薩摩の特殊性に関しては、琉球を抜きにしては考えられないと思います。琉球を窓口にしてがんがん外国にも行っていた。さらに加えて、島津義弘(よしひろ)が関ケ原の戦いで正面突破して薩摩に無事に帰還して、本領安堵されていますよね。薩摩は関ケ原で負けたとはいえないですし、鎖国もさせられていない。
安部
確かにそうですね。薩摩藩が置かれた地政学上の特殊環境が、薩摩藩あるいは島津家の先見性につながっていると思うんです。とにかく七百キロにわたる領土があると。
原口
実際、今の西表島(いりおもてじま)まで考慮すれば、九百キロなんです。
安部
日本の一番南の玄関口であって、真っ先に海外の情報が入ってくる土地柄。これがもう、決定的ですよね。薩摩藩は琉球と奄美三島をほぼ植民地支配していた。戦国、江戸時代の大名で、植民地を持っているところはないですよね。
原口
ないと思います。
安部
それで、琉球を通じて海外情報の入手とか、密貿易を比較的自由にできる環境にあった。しかも、薩摩は歴史的に倭寇(わこう)の根拠地じゃないですか。昔から海外交易をする人たちが、海民として多く住んでいた場所なんです。密貿易なども比較的、やりやすい環境にあった。
村木
やっぱりとても重要なポイントですよね。


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〈プロフィール〉
安部龍太郎

1955年福岡県生まれ。図書館に勤務するかたわら、短編で日本全史を網羅した『血の日本史』で90年デビュー。2005年『天馬、翔ける』で第11回中山義秀文学賞を受賞。13年『等伯』で第148回直木賞を受賞。著書に『信長燃ゆ』『海神』『関ヶ原連判状』『恋七夜』『宗麟の海』ほか多数。
村木 嵐

京都府生まれ。2010年『マルガリータ』で松本清張賞を受賞しデビュー。著書に『雪に咲く』『島津の空帰る雁』『地上の星』など。
原口 泉

1947年鹿児島県生まれ。鹿児島県立図書館館長。志學館大学教授。鹿児島大学名誉教授。東京大学文学部卒、文学修士。専門は日本近世史・近代史で、薩摩藩や琉球史に詳しい。大河ドラマ「西郷どん!」の時代考証にも携わっている。
司会/集英社文庫編集長
江口 洋